9-2 対決? 美人霊能力者
「…それで、私に何をしろ、と?」
章夫は連絡をしてから、久吾の家にやって来た。
相談を受けた久吾は、困り顔で聞いてみる。
「本当に申し訳ない…。とりあえず、その、日渡さんの言う『先生』と会ってもらうことは、出来ませんかね…」
「私は会うだけで、良いんですか?」
章夫自身も、よく分かっていないようで、
「どうなんでしょう…。彼女、あの感じだと、その先生と霊能力対決! とか、言いかねないですけど…」
「ほう…」
人間との霊能力対決。もし本当に、すごい霊能力者なのだとしたら、少しは面白いかもしれない。久吾はほんのちょっとだけ興味が湧いた。
昔、土御門の陰陽寮で修行させてもらった頃以来である。
「良いですよ。本当に能力のある方なら面白いですから、会ってみましょうか」
日取りを決めて、その先生の所に行くことになった。
◇ ◇ ◇
(…至って普通のマンションなんですねぇ)
久吾はがっかりした。先生と呼ばれる相手の気配は感じられない。どうやら至って普通の人間のようだ。
多少の霊感がある人間なら、久吾もいくらかの伝手はある。昔、日本中を旅していた際に立ち寄った、霊場とされる場所では、今も数人が能力を継承している。
戦ったりはしないが、悪霊を払ったり、霊を上へ送る位のことは出来る人達である。
しかし、今回会いに来た相手は、完全にハズレだった。
(…帰りたいですが、約束は約束ですからね)
仕方ない、と、げんなりしながらインターホンを鳴らす。
「はぁい」
出てきたのは、章夫の言っていた日渡さんだ。
「…伊川さんに頼まれた、名奈と申しますが…」
日渡は、フフン、と鼻を鳴らし、
「あなたね。エセ霊能力者は。龍幻密華先生の前にひれ伏すがいいわ」
(大仰な名前ですねぇ…)
そう思いながら、玄関を通り案内されていく。
中には、怪しげな装飾を施した部屋の上座に、いかにも胡散臭い占い師のような服装の女性がいた。
年の頃は二十代半ばだろうか。妖艶で、とても美しい顔をしている。
…ただ、その女の魂色は、湿り気を帯びたような臙脂色だ。たまに、てらてらと、滑った光りを放つ。
(………これは…)
久吾は顔をしかめた。
恐らくだが、この密華という女は、自分の色香を使って今のような地位にいるのだろう、と推測した。
ちなみに、隣の日渡は、鮮烈な黄色だった。久吾は、痛みなど感じないが、目が痛くなりそうだった。
「…汝が、霊能力者、か?」
密華がそれっぽいことを言ってきた。
久吾は心底帰りたかったが、一応聞いてみる。
「…まぁ、霊力はある程度備わっています。…で、あなたは何が出来るんですか?」
すると、密華は威圧的に、
「私は、かの有名な幻浄和尚の下で修行を積み、開眼して悟りを開きし者。汝ごときが、そのような口をきくでないわ」
幻浄和尚は、時々テレビの心霊番組でお祓いなどをしている、割と知名度の高い人物だ。
日渡が、
「先生、申し訳ありません。こんなに失礼な奴だとは…」
「良い。このような者は、私がきっちりと改心させてやろうぞ」
久吾は茶番だと思い、本当に帰りたくなった。…が、ちょっと面白いことを思いついた。
上座から密華が下りてきた。久吾をじっと見る。
「…私には視えるぞ。汝、中々に強き能力を持っておるな。…して、何が出来る? 返答次第では、我が下僕にしてやろうぞ」
密華が久吾の体に触れる。
安易に接触したせいで、密華の心の声は、久吾にだだ漏れだ。
(…ジジイ共の相手も、いい加減飽きてたのよね。日本の人じゃないのかしら…。中々良い男じゃない)
心の中の舌舐めずりまで聞こえてきそうだった。密華の魂色が鮮やかになり、ぬらぬらとうねり出す。
気色の悪いその魂色を無視しながら、久吾は静かに笑って、密華の頬に手を当てる。
密華は、どきっ、とした。
(あ…、何、この男…。しなやかで綺麗な指…。身体の方も、触ってみると布越しでも良い身体してる…。………そうね。日渡にはこの場から消えてもらって、そのままベッドに行って…)
と、密華がとても口に出せないような、卑猥な妄想をし始めた。
久吾は鬱陶しいと思ったが、それを顔に出さず、さっさと済ませようと、その指で密華のこめかみ近く、耳の後ろ、首筋のあたりと、数カ所に刺激を与える。
密華の身体が、ビクン、と震えた。
「あ………! …い、今のは?」
久吾が手を離す。
「…第七門まで解放しました。あなたが視えると言っていたものが、恐らく本当に視えるようになったはずです」
「え…?」
密華が、ぽかん、としていると、段々と部屋の隅の影から、何やら蠢くものが視える。
「………ひっ!」
暗がりから、少しずつ形を為し、虫や動物、人の影のようなものが、辺りを漂い始めた。
「…や、嫌…! 何!? 何なの、これ!」
一生懸命手で払うが、全てがすり抜ける。
久吾はその様子を見ながら、
「私も普段は、人間で言う所の第三門までしか解放してないんですよね。視え過ぎると、生活に支障をきたしますから」
密華は聞いているのかいないのか、ひいっ!と叫びながら、必死に追い払っている。
「…全解放すると、本当にあの世と繋がりますから、この程度で充分でしょう。一時的なものですので、今のうちに堪能して下さい」
「…あ、ああ! …イヤ、来ないでーーー!!」
散々暴れ回った密華は、そのまま気を失い、その場に、バタリ、と倒れ込んだ。