9-1 章夫と派遣の日渡さん
今回は、お遊び回です。
「じゃあ渡辺君、先方とはこの書類で大丈夫だから、よろしくね」
章夫は、部下の渡辺にファイルを渡した。
「ありがとうございます、伊川課長」
渡辺が去っていくと、別の女子社員が、
「…あの〜、伊川課長…」
「ん? どうしたの、浜野さん?」
章夫が言うと、浜野は、
「…先日の殿山商事の件なんですけど、先方さん、ちょっと機嫌悪くされてるみたいで…」
相談を持ちかけられ、章夫は、
「ああ、分かったよ。私から連絡を入れておくね。あちらの高田さんと話がついたら、後はお願いするからね」
穏やかに笑ってそう言うと、浜野は、ぱぁっと表情を明るくさせ、
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
礼を言って、席に戻っていった。
◇ ◇ ◇
給湯室では、女子社員達が噂話をしている。
「伊川課長、ホント理想の上司よねー」
「人当たりは良いし、面倒見は良いし、仕事は早いし…」
「取引先でも、伊川課長じゃないと話の通じない人、多いしねー」
「おうちでも家事全般、完璧にやるらしいよ」
「えー! スゴイ! 奥さん幸せ者ねー」
すると、そう言った女子社員以外が、顔を見合わせた。
「…そっか。アンタ知らないんだっけ」
「? 何が?」
―――章夫の家族は、息子の裕人以外、全員死んでいる。
社内では、結構な噂話なのだ。
「えー、そうなんだ…。ちょっとコワイ話ね」
「そうそう。みんな言ってるよ。それさえなければ、良い女紹介出来るのに、って…」
「まぁ、家事はカンペキだし、必要ないかもだけどねー」
すると、給湯室に、一人の女性派遣社員が入って来た。
「………今の話、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」
女子社員達は驚いて、その女性の顔を見る。
最近入った、派遣社員の日渡さんだ。
◇ ◇ ◇
「………お話は分かりました。やはり、私の先生にお力添え頂いた方が良いですね」
「先生?」
日渡は、コクリと頷く。
「伊川課長は、そういった因縁の霊に取り憑かれているんだと思います。私の先生は、類稀な霊力をお持ちですから、お祓いしてもらいましょう」
女子社員達が顔を見合わせる。
「え? 宗教の勧誘?」
「そういうのは、ちょっと…」
すると日渡は、
「いえいえ、お祓いしてもらうだけですから。だってこのままじゃ、次は息子さんが確実に亡くなってしまうじゃないですか」
先日の誘拐事件も、軽く噂になっていた。
「…そぉねぇ、確かに。何か良くないもののせいで、課長が不幸な目にあってるんだとしたら…」
「お祓いはともかく、とりあえず視てもらうだけでいいんじゃない?」
そんな感じで、皆で章夫のところに行くことになった。
◇ ◇ ◇
「い、いや! そういうのは間に合ってるから…」
女子社員達から話がある、と呼び出されたら、霊能者に会ってみることを勧められた。章夫は、すぐに断った。
たまに、こういう輩が章夫のもとに来ることが以前からあるが、大抵お断りしている。
だが、今回の日渡さんは、ものすごく食い下がる。他の女子社員が、少し引き気味だ。
「…課長。課長みたいに良い方が、これ以上不幸になるなんて、ダメですよ! 私の先生、とても美人だし、素晴らしい方なんです。是非一度、お会いしてみて下さい!」
「えぇぇ…」
顔は関係ないんじゃ、と章夫は思った。
「お願いします! 一度お会いすれば、先生の素晴らしさが分かるはずです!」
他の女子社員達が、さすがにたまりかねて、
「ちょ、ちょっと! そこまで言うと、逆に怪しいわよ!」
すると、日渡が、
「はっ! …ごめんなさい、つい夢中に…。コホン、お金とか、そういうのは後で良いと思いますので、一度だけ、先生に会ってみてはくれませんか?」
しおらしくそう言うので、ホッとした女子社員達が、
「…私達も、視てもらうだけならいいかな、と思ってお声がけしたんです」
「私達、いつも伊川課長にはお世話になってるので、噂を聞くとやっぱり心配で…」
そう言われたので章夫は、彼女達が自分を心配しての行為だと思い、
「…気持ちは有難いんだけどね。私の知人にも、そういう…、霊能者? みたいな人がいるんだ。その人が、全て不幸な偶然だ、と言ってるので、私に何か憑いてる訳じゃ…」
すると、日渡が、
「………何ですって?」
皆が、ビクッ、と驚く。
「…私の先生以上の方が、この世にいる訳ないじゃないですか。…課長、それ、どこの誰ですか!?」
えぇ、と章夫は呻いた。
名奈さん、ごめん、と、章夫は心の中で謝罪した。