8-3 Mr.ファースト
「久しぶり! ミスター」
ニコニコ笑うふーちゃんの頭を、ミスターと呼ばれた男がにっこり笑って撫でる。ふいに、ミスターの後ろから声がした。
「ふーちゃん、久しぶり」
ふーちゃんと変わらない年の少女だ。
明るい金髪に緑の瞳をしている。
「うーちゃん! 元気だった!?」
二人は再会を喜んだ。ふーちゃんの腕の中にいたみー君が、目を覚ました。
「………あ、あれ?」
ふーちゃんの腕から降ろされ、ミスターを見て「あ」と驚く。すると、ミスターの後ろからもう一人出てきた。
「…おい。何やってんだ。情けない」
白金の髪に薄いブルーの瞳の少年が、腕を組んでみー君を睨んでいる。
「あ、ラファエル! 久しぶり」
みー君が言うと、ラファエルはやれやれ、という仕草をしながら、
「…何でお前みたいなヤツが、僕達のリーダーなんだ。全く…」
「えへへ、ごめん」
みー君は頭を掻きながら、恥ずかしそうにしている。
それを見ながら、ミスターが
「…さて、じゃあ私は久吾と話があるからね。君達はこれで、観光でもしてくるといい」
お財布から数枚の札を出して、うーちゃんと呼ばれた少女に渡した。
「ありがと! ミスター」
そう言って、ふーちゃんとうーちゃんが連れ立って歩いていく。ラファエルが、
「…フン、観光だなんて、下らない。時間のムダ………、って、オイ! 置いてくな!」
みー君はラファエルを無視して、もっちーを拾い上げてから、ふーちゃん達の後を追いかけて行った。
仕方なく、ラファエルも後を追う。
それを見送りながら、ミスターが
「………さて、久吾」
「………はい」
久吾はミスターの隣に控えていた。
「君の家に行こうか。お茶を点ててもらえるかね」
「…はい」
二人はすぐそこに現れた自宅へと入っていった。
◇ ◇ ◇
廃倉庫の前には、パトカーが数台やって来て、先程の男二人が捕らえられていた。
みー君が逃がした少女が無事に逃げのびて、少女の保護者が通報したらしい。
………その音を少し遠くに聞きながら、久吾は点てたお茶をミスターに、スッ、と差し出す。
ミスターはそのお茶を口元に運ぶ。
「………うん。美味いね。私は君のところに来た時は、これを楽しみにしているんだ」
「…恐れ入ります」
しばしの間があり、ミスターが口を開く。
「…ミカエルは、揺らいでいるね」
「………」
ミスターは久吾の方に向き直り、
「ガブリエル…、彼は『自分はガブリエルである』という、芯がしっかりと保たれているから揺るがないが、ミカエルは………。『みー君』でありたい、という思いのブレが、揺らぎの原因なんだろうね」
「…そうですね」
久吾も分かってはいたことだ。つい、甘やかしてしまっていたのは、自覚している。
「…どうだ、皆でイギリスに来ないか?」
久吾が、はっ、として顔を上げる。
「それは………」
ミスターは優しく、
「私なら、君達を守ってあげられると思うよ。《1》と呼ばれるのは不本意だが、《一桁》は私には手出し出来ないからね」
「………」
久吾は考える。確かに、みー君とふーちゃんにとっては、その方が良いのかもしれない。が、
「…お気持ちは有り難いのですが、ただ…。四大天使を二手に分けたのは、他ならぬ『エフェス』ですからね。私には何とも…」
久吾が言うと、ミスターは、ふむ、と言って、
「…確かにそうだね。そう、…何故かは分からないがね」
ミスターは少し考えて、続ける。
「我等の仲間の生産を打ち切った後、『エフェス』が始めた『大天使創造計画』………。私が『女神の因子』を手に入れ、それを元に造られたあの子達を、私と君とで受け持ってから、およそ百年、か」
「ええ、中々に大変でした」
「そうだろうね。欧州内ならともかく、ここは東洋の果てだ。戦時中など、難しかったろう」
久吾が頷く。
「…君なら魔法も、すぐに使えるようになるだろうにね。残念だ。今しばらくは、様子見かな…。ただ、ミカエルは早急に対処しなくては、と思ってね」
ミスターは懐から、小瓶を取り出し久吾に渡す。
中には、青い宝石を砕いた砂粒のようなものが入っていた。
「これを。『女神の因子』の欠片だ。先程もこっそり振っておいたが、また揺らぐようならミカエルに使ってくれ。それから、彼のことは今後、なるべく『ミカエル』と呼んであげなさい。家の中だけでも、ね」
久吾は、はい、と小瓶を受け取る。
「『エフェス』………。今回の目覚めは随分と遅れているようだ。…人間たちが彼を《ノア》と呼ぶのを嫌い、自分は何者でもないと自らを《0》とした彼が…。………なあ、久吾。君は《8》が言うように、彼が私達を自分の依代にしようとしていると、そう思うか?」
久吾は少し考えて、言った。
「………ハチさんは、《8》と呼ばれるのを嫌がりますよ。それから…、《0》は、…依代というのは、私は、違うと思いますね」
ミスターはニッコリと笑い、
「そうだね。私も同感だ。…それから、呼び名は気をつけないとな。私も『ミスター』と呼んでもらえなくなる」
そう言ってミスターは、お茶を飲み干した。