8-2 接待準備
―――その日の明け方。
久吾は作務衣姿で、薬研で茶葉を、ゴリ、ゴリ、とすり潰していた。
「……………」
午後にやってくる予定の客は、いつも久吾の点てるお茶を所望する。
久吾が茶を教わったのは、随分と昔だ。
しばらくの間滞在させてもらった寺が大徳寺と縁があったため、千利休の野点に末席で参加することになった。その際、覚えさせられた。
末席から、遠目に利休を見た。
木洩れ日にきらめく、澄んだ湖のような魂色の利休に対し、暗い赤紫の嫉妬の色にかられた魂の人物が、利休に何やら因縁をつけていた。
その人物が、天下人・豊臣秀吉だと知ったのは、茶会が終わった後だった。
…久吾は茶葉をすり潰しながら、本日やってくる客のことを考え、少し緊張していた。
「………《最初の番号》、何をお考えなんでしょうね…」
ひととおりの準備を終え、朝日を見ながら久吾は呟いた。
◇ ◇ ◇
―――最近のみー君は、時々身体が火照ってふらつくことがある。
「………うう、まただ…」
熱でも出たのかと思うのだが、風邪などひくわけがない身体だ。みー君はその感覚が煩わしく、困っていた。
「…大丈夫か? みー君」
もっちーが心配するが、みー君は
「ん、へーきへーき。少しすれば治るから」
そう言って、もっちーと散歩の続きをする。
…すると、少し先の人気のない道で、不穏な動きを見つけた。
「…何だろ?」
みー君ともっちーが隠れて様子をうかがっていると二人の男がいて、そのうちの一人が、少女を抱えてどこかに向かっている。
「人さらいか?」
もっちーが言う。
「分かんない。後つけてみよう」
一人と一匹(?)でコソコソとつけてみる。
すると、誰も使っていない廃倉庫のようなところに入っていく。
少女は手足を縛られ、口をふさがれ泣いていた。
二人の男のうち一人は、どこかに電話をしているようだ。もう一人が少女から目を離した隙に、みー君は少女のそばに寄る。
「!?」
少女が気づいたので、みー君は「シッ」と人差し指を口元に当て、少女の縄をほどいてやった。
そのまま少女を逃がすと、後ろから
「おい」
…声をかけられた。
恐る恐るみー君が振り向くと、電話をしていた男がこちらに気づいたようだった。
「お前、あの子供を逃がしたのか?」
「あ…」
みー君が、どうしよう、と思ったその時、どくん、と、身体がまた熱を帯びてきたのを感じた。
みー君は、自分の身体を自分で抱きしめるように、ぎゅっと、縮こまる。
「…あ、ああ!」
それを見て、男が
「あ? 何だ、お前…」
言いながら、みー君の体に触れようとした。
「…さ、触る…、な!」
相手の手を振り払おうとしたが、ふらついて、男にもたれかかるような体制になってしまった。
「お、おい…!」
結局、男がみー君を支える形になったが、その際、男の手がみー君の胸に当たる。
ふに、と、柔らかな感触。
「え?」
男がみー君の胸を、今度はしっかりと触れる。
「…コイツ、女の子なのか? へぇ…」
みー君が意識を失いかけている中、ぬいぐるみのふりをしながらも心配そうに見ていたもっちーが、めぇに通信を送った。
『めぇ! すぐにふーちゃん呼んでくれ! みー君の緊急事態だ!』
◇ ◇ ◇
連絡を受けためぇが、「ふーちゃん!」と声をかけたが、すでにふーちゃんの姿はなかった。
「………メ?」
めぇは首をかしげた。
「めぇさん、どうしたんですか?」
久吾が姿を現したので、めぇは慌てて、
「だ、旦那様! みー君が、大変ですメ!」
「?」
◇ ◇ ◇
「…汚い手で、この子に触らないで」
一瞬のことだった。男がみー君を支えていたはずの手から、みー君の姿が消え、少し離れた所から声がした。
「? あ、あれ?」
そこには、髪を二つに結んだ可愛らしい少女が、先程の男の子のような女の子を抱きかかえている姿があった。
「い、いつの間に…。何なんだ、お前!」
もう一人の男と共に、二人はかなり動揺する。
短髪の少女を抱いた、栗色の髪の少女が、
「…みー君、大丈夫?」
と、短髪の少女に問いかけた。意識が朦朧としているようだった。男の一人が、
「おい! 何なんだお前ら! 二人とも、捕まえて売っぱらってやるからな! ソイツは男の格好した女の子なんだろう?」
すると、栗色の髪の少女が、
「…うるさいわね。私達は、両方なの。男の子だし、女の子なのよ」
男達が「は!?」と、理解出来ない様子で慌てふためいた時、
「…cysgu」
ふいに、キラッと光が湧き上がり、その光が男達を包んだ。
「!?」
瞬間、男達はその場に座り込み、眠ってしまった。
その場に現れたのは、久吾にそっくりだが、黒ではなく、ブラウンチェックのスーツに身を包み、やはりブラウンの山高帽を被った男だった。
その姿を見て、ふーちゃんが、
「…ミスター!」
みー君を抱えたまま、笑顔で走り寄って行った。