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8-1 久吾のお仕事

 「10粒分で一千万円…、確かに」


 アタッシュケースに現金を入れ、久吾は顧客に確認する。

 ここは、とある病院の院長室だ。


 「いや、助かったよ。しばらく精製出来ないと聞いた時は、ヒヤリとした…。あとひと月は持たせたい患者さんがいたからね」


 「すみませんでした。平田先生は使い所を(わきま)えていらっしゃるから、なるべく()を空けたくはなかったんですがね」


 そんな話をしながら、久吾は取引を終える。


 「ところで…」


 ふいに久吾は、馴染みの顧客・平田院長に、


 「…聞き耳を立てていらっしゃるのは、息子さんですか?」


 院長は顔をしかめた。


 「………そうだね。我が息子ながら、あれはダメだ。あのままでは、君の顧客にはなり得ないよ」


 久吾は静かに微笑みながら、


 「私がここにいる間は、この部屋の音は一切漏れませんからね。聞き耳を立てても無駄ですが…。先生は、彼に跡を?」


 「いや、このままあいつが変わらなければ、後任は澤村先生にお願いしたいと思ってる。この病院も、君への引き継ぎもね」


 久吾は笑って、


 「そうですか。まだ先の話でしょうが、引き継ぎの際はよろしくお願いします。では、私はこのまま引き上げるとしましょう」


 そう言うと、久吾は瞬間移動で部屋から姿を消した。

 途端に、バタン! と扉が開く。


 「父さん! ………あれ?」


 「何だ、騒々しい」


 院長の息子で医師の和宏(かずひろ)が、キョロキョロと部屋を見回す。


 「…あの帽子を被った、黒いスーツの男は?」


 「彼ならすぐ帰ったが…」


 「ウソだ! 俺はアイツがこの部屋に入った直後から、ずっと見張っていたんだぞ!」


 「…何を言ってるんだ? 見張っていたなどと…。そんな暇があったら、きちんと仕事をしてくれ」


 「………っ」


 和宏は(きびす)を返すと扉を開け、バタン! と乱暴に閉めていった。


 (…次からは直接、この部屋に来て頂こうか…。久吾さんは病院の様子も見たがっているんだがなぁ…)


 病院の中で患者達の様子を見れば、病院の評判や経営状態なども読み取れる、と久吾は言う。

 院長は、仕方ない、と思いながら、後日遺産相続の遺言状を弁護士と作成予定の患者のために、霊薬を用意する。


 「…まぁ、金はかかるが、こちらとしては取れる所から頂くからな」


 久吾の取引相手は、ある程度の(したた)かさを併せ持たないと努まらない。

 平田院長はそうした意味でも、久吾の上客の一人である。


   ◇   ◇   ◇


 「…さて、次は…」


 久吾は民間SP会社社長・坂本の下に出向く。


 「お久しぶりです。遅くなってすみません」


 坂本は、待ちかねたように顔を上げ、


 「待ってたよ、久吾さん。少し危険な依頼が来てたからね」


 坂本がまとめ上げたSP会社は海外でも活躍し、訓練の徹底でも高い評価を得ている。

 その上どんなに危険な任務でも、一人の死者も出さないことで、その界隈では有名だ。

 その陰に、久吾の霊薬があった。


 「………では、10粒分で一千万円、確かに」


 「もう少し欲しかったがね。…やっぱり、厳しいのか?」


 「申し訳ありません。今は精製の方が追いつきませんので…。それから、使用の際はくれぐれも口外禁止と社員の方々にも徹底をお願いしますね」


 「もちろんだ。取引を中止されては敵わん。…どのみち、こんな薬がこの世にあるなんて、口外しても普通は誰も信じないとは思うが」


 久吾は、まぁそうですね、と頷く。


 「…ただ、あまり社長が有名人になられても困りますねぇ」


 坂本は、うっ、と呻いてから、


 「…ああ、今後取材などは受けないようにするよ。元々我々は、表に出るような職業ではないからな」


 それを聞いて久吾は少し微笑んで、


 「そうですね。…では、失礼します」


 今度は普通にドアから部屋を出た。


 久吾の客に、テレビで活躍するような有名人はいない。そのような輩との取引は、漏洩の可能性も跳ね上がる。

 口外禁止が前提の取引では、こうした配慮も必要だ。


   ◇   ◇   ◇


 夜も更けた頃、久吾は路地の一角で、一人の若者に声をかける。


 「こんばんは。こんなに遅くまで、お仕事ですか?」


 「?」


 ふいに声をかけられた若者は、一瞬(いぶか)しむ。


 「…大変ですねぇ。学生さんですか?」


 「え、ええ。親の援助も無いので、自分で頑張らないと…」


 久吾はにこりと笑って、


 「そうですか…。お金が必要ということであれば、私が協力出来るかもしれません」


 「?」


 久吾はそう言って、自宅へと案内する。


   ◇   ◇   ◇


 先程の若者から二日分の寿命を抽出し、今若者はふーちゃんの歌で回復しながら、気持ちよく眠っている。


 「あれ? ななさん、今回も名刺を入れないの?」


 紙袋に新聞紙に包んだ現金一千万を入れ、袋の上に詰め物をして準備をする久吾に、みー君が訊く。


 「…そうですね。恐らくこの方も、このお金を手にして魂色が変わっていくでしょうから、今回限りですね」


 章夫のように、大金を手に入れても魂色がほとんど変わらない人間の方が珍しい。

 章夫は対価に渡した金のほとんどを、裕人の学費や貯金に回し、時々災害基金等への寄付に当てている。


 「…昨今は本当に、良質な魂の確保が大変ですよ。私が見た最後の『天使の魂色』は、あの時の裕人さんですからねぇ…」


 良質な魂が何処にあるかが分かれば苦労は無いが、さすがにそれは難しい。

 15年前に、一粒二十万円だった霊薬が、今や百万円となってしまった。

 久吾は、二十粒分の寿命を抽出させてもらった若者を、簡易的な結界の符を底に貼り付けた現金入り紙袋と共に、出会った場所付近の公園ベンチに寝かせ、その場を後にした。


 ―――すると、何者かが久吾に、精神感応(テレパシー)を送ってきた。


 ((…やあ、久吾。明日、時間取れるかね?))

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