6-7 最後の番号
ふりがな多め。
「…久吾のヤツ、俺のことを玩具屋か何かだと思ってんのかな」
骨組みや下地、様々なギミックを仕込んだ、ぬいぐるみの原型を作製し終えたハチが、そう愚痴をこぼした。
そのそばで縫い物をしながら、クスクスと笑っている女性がいる。美奈と同じ顔だが、髪をお団子にまとめ、家庭的な優しい感じがする。マルグリットだ。
「あの人、ぬいぐるみばっかり連れて来るわね。お陰でラファエルとウリエルも、ぬいぐるみを欲しがって…」
ラファエルとウリエルのぬいぐるみはテディベアだ。但し人の魂ではなく、妖精の類が入っている。
マルグリットが呟く。
「…次にぬいぐるみを持ってこられても困るわ。私、その時、生きてるかしら…」
「寂しいこと言うなよ、マルグリット」
ハチが言うと、
「あなた達《一桁》と違って、私達《三桁》は元々短命なのよ。あなたが居なかったら、私はとっくにこの世にいないわ。…感謝してるわよ」
ハチは《一桁》だ。今は日本語の『八』の響きが気に入って、ハチと名乗っているが、それ以前はヘット、創世の頃はシュモーネと呼ばれていた。
いずれも《8》を意味する。
「…旦那が亡くなってから、どれくらい経つんだっけ?」
おもむろにハチが聞くと、マルグリットは、
「そろそろ、百四十年くらいかしら…。私に《マルグリット》の名をくれたあの人…。晩年、一緒に暮らしただけなのにね。…あの時が一番、幸せだったかもしれないわ」
「良かったじゃねぇか。名前のない奴も結構いるのによ」
「そうね。…そういえば、シュイジン…、今は美奈、だったかしら? 彼女も最初、ご主人に名前をもらったのよね」
「ああ」
「…彼女は、可哀想だったわね。相手が若いうちに望まれてしまったから…」
美奈も一時、相手に望まれて結婚をした。
生殖機能の無い彼らが夫婦になろうと、子は望めない。行為も真似事でしかない。
案の定、相手は別の女と子を成し、美奈は去っていったという過去がある。
余談だが、美奈は《二桁》である。
「…私達、何のために造られたのかしらね。…『エフェス』は何を考えているのやら…」
「………」
ハチはある程度の予測をしている。
『エフェス』と呼ばれる彼らの創造主は、百年ごとに目を覚まし、それ以外は眠って老化を遅らせている。
考えられるのは、恐らく自分達は『エフェス』の依代なのだ。
ハチら《一桁》は、最初の10人として造られた。ただ、No.10は不具合により廃棄された。なので、最初の9人で《一桁》だ。
以降は10体毎に増産が、20体、40体と増え、100体を超えた時、百年毎に100体ずつ量産された。男女比率はランダムで決まるので、どちらが多いとも言えない。
不具合による廃棄も多かった。試験管内で成長出来なかったり、試験管自体に異常が起こる場合もあった。
《一桁》達は、量産した仲間の個体を、自分達を強化するための更新に使った。
脳髄に当たる情報チップを個体から取り出し、必要な項目を自らに追加していく。情報を抽出された個体はただの人形となり、廃棄されていく。
《二桁》のほとんどは、こうした更新で搾取されていった。
美奈が今も生き残れたのは、千里眼による危険察知と、《一桁》に察知されにくい『龍脈』に基づく安全地帯を選んで逃げのびた為だ。近年にハチを味方に付けられた事も要因である。
《三桁》になると管理が甘くなり、扱いも雑になっていった。
そのまま野に出され、放置される者も多く、No.301〜500は、能力が低く女性型が多かった事もあり、中世の魔女狩りの際に、人間に狩られた者が多い。
ハチも最初は深く考えず、他の《一桁》と共に廃棄や更新を繰り返してきた。
しかし、自分と同じ顔の者達が廃棄され、搾取されていくことに、少しずつ違和感のようなものを感じるようになっていった。
そして、他の《一桁》と袂を分かち、No.501以降は生産に関わらず、出来るだけの仲間の保護と救済をしている。
マルグリットは、本来No.432だ。
「《最初の番号》のもとにラファエルとウリエル、《最後の番号》のもとにミカエルとガブリエル…、これも何か意味があるのかしら?」
「さあな。強いて言うなら、《最初の番号》が魔法を使い、《最後の番号》が霊力を使う…、そもそも霊が見えるなんてのは、俺らの中じゃあの二人しかいねえしな」
「そうね…、だから私達の仲間は《最後の番号》で生産が終わったのよね」
最後の量産ではNo.800まで造られたのだが、No.796〜800までの5体は、霊力を持って生まれた《最後の番号》の確認をもって廃棄された。
《最後の番号》、No.795。
なな、きゅう、ご、だ。