6-4 悪いのは
怪しい男が手招きをする。
秋恵が叫んだ。
「桃ちゃん! 下りてきちゃダメよ!」
すると怪しい男が、
「うるさいよ、おばさん」
捻じ伏せていた隆の左手の甲に、ナイフを突き刺した。
「うあぁーーー!」
隆は痛みに呻いた。秋恵も、二人の兄も、固まってしまった。
男が桃子に言った。
「ほら、下りといで。じゃないと、次は誰に…」
「やめて!」
秋恵が叫ぶ。男は秋恵を睨んだ。
「何だよぉ、オレ、悪者みたいじゃん。悪いのは、下りてこない桃子ちゃんじゃん?」
「け、警察…」
ねじ伏せられたまま、隆が呻く。
すると若い男は、
「あー、ほら。アンタも仕事。みんなのスマホ、回収しといてー」
ホントのパパに命じる。パパは、兄たちからスマホをひったくった。秋恵の手には、スマホは無かった。
「…さて。桃子ちゃん、おいで。パパのためにお金稼いであげなきゃねー」
秋恵がホントのパパに向かって叫ぶ。
「幸宏! あ、あんた、また! 春香にも酷いことさせといて、今度は実の娘に…!?」
すると、若い男が、
「おー、おばさん分かってるんだ。そうそう、桃子ちゃんみたいに可愛い子は、良いお値段なんだよねー。パパの借金、みんな返してもお釣りが来るぐらい」
「ダメよ! 絶対に行かせない! 桃ちゃん、下りてこないで!」
桃子はどうしていいか分からず、上で固まっている。若い男が言う。
「もー…、いいじゃん別に。命まで取りゃしないよ」
すると、ねじ伏せられていた隆が、信じられないことを言った。
「………なぁ、殺される訳じゃないんなら、行ってもらっても良いんじゃないか?」
「は…!?」
秋恵が驚いた。
「………あなた、本気で言ってるの!?」
「…今のこの状況を見ろ! このままだと、俺達みんな殺されるぞ! …なぁ、桃子。みんなを助けると思って、下りてきてくれないか? 実のパパもいることだし…」
「あなた!」
その様子を見ていた若い男が、とても楽しそうに、
「アハハ、いいねー、いいよアンタ。そうそう、桃子ちゃんは殺さないよ。大事な商品だもん。…まぁ、死んだ方がマシって思うかも知れないけど…」
秋恵の顔から血の気が引いた。
ふいに、背後でドタン! と音がした。見ると、固定電話を抱えた兄の守が、幸宏に押さえつけられていた。
「…面倒くさいなぁ、ホント。電話線切っといてよー」
若い男が言う。幸宏は電話線を引っこ抜いた。
その幸宏に向かって、弟の翔が野球のバットを持って、振りかぶろうとした時、
「おーい、そこのお兄ちゃん。…君のお父さん、殺しちゃうよ?」
ビクッ、と翔は、身動きが出来なくなってしまった。男は隆の首元にナイフを当てていた。
すると今度は、秋恵が動き出す。急いで桃子がいる上へ向かおうと、階段を駆け上ろうとした。
しかし、若い男は隆を踏みつけながら素早く動き、階段に足をかけた秋恵のその足を引っ張った。
「キャアッ!」
秋恵は前のめりに倒れた。額に傷を負ってしまった。唇など、あちこちが切れている。
「…全く、どいつもこいつも………。一人くらい死なないと、分かんないの?」
男が段々と苛つき始めたようだ。秋恵に向かってナイフを突き立てようとした時、
「…ご、ごめんなさい!」
桃子が叫ぶ。
「…も、桃子がわるかったから! …今、今、行くから! だから、みんなを、…っ、ころさないで!」
泣きながら、桃子が言った。
「ダメよ!」
秋恵が叫んだが、若い男は機嫌が直った。
「よーしよし、いい子だねー。早く下りといでー」
桃子は、そっと階段を下りようとする。しかし、全身が恐怖で震えていた。涙で前も良く見えない。
一歩を踏み出す。…が、もっちーを抱えていたのと、涙で視界がぼやけたせいで、距離感が掴めなくなり、一歩目からつまずいた。
「…あ!」
そのまま体ごとひっくり返って、もっちーを抱えたまま階段を落ちていく。
(…だれか………、たすけて!)
心の叫びが、みー君に届いた。
◇ ◇ ◇
桃子に仕込んだ羽根のおかげで、危機が迫っているのが分かったみー君は、いよいよ特訓の成果を見せる時だ、と内心喜んだ。
「…ななさんには注意されたけど、緊急事態だもん。やってみよっと」
羽の反応がある方向に向き、頑張って鍛えた物質転送を使う。ちょっと距離はあるが、反応を捉えた。
キュイィィ………、と掌に集中していると、物体がやって来た。
「やった!」
………しかし、みー君の手にやって来たのは、桃子ではなく、桃子のもっちーだった。
「……………え?」