6-3 不審者
みー君が久吾に教わるようになってから、三週間ほど過ぎた。
一週間ほどで、目視出来る範囲のものなら物質転送出来るようになったが、遠くにあって気配が分かるものになると、少々手こずっていた。
どこにいても出来るようになりたかったが、ある程度近づかないと難しい。
それでもだいぶ出来るようになって、実験台のもっちーも一緒に喜んでいた。
ただ、ふーちゃんは一ヶ月経とうとしているのに、未だ目を覚まさない。回復を担うふーちゃんがおらず、久吾の霊薬の精製も滞っていた。
「…こればかりは、仕方ありませんねぇ」
久吾はそう言って、のんびり過ごしていた。
みー君も心配していたが、今のように目標があると気が紛れる。
みー君は頑張っていた。
◇ ◇ ◇
一方、桃子が暮らす川野家では、最近自宅の周りを何者かがうろついている気配がするので、警察に頼んで巡回してもらっていた。
秋恵もなるべく家に居てあげたかったが、パートに出ていたりすると、どうしても桃子に留守番を頼まざるを得ない。
「ごめんね、桃ちゃん。お留守番、一人で大丈夫?」
すると桃子は気丈に、
「だいじょうぶ! ちゃんとカギをかけて、もっちーとおるすばんできるよ!」
そう言うが、やはり心配で兄達にもなるべく早く帰るように頼んでいた。
―――だが、ある日の学校からの帰り道。
「桃子」
知らない男に、桃子は声をかけられた。
学校では、知らない人についていかないよう指導されている。桃子はそれを守って、来た道を戻って走って逃げ、助けを求めようとしたが、
「…大きくなったな。お母さん…、春香は…、間に合わなくてすまなかった…」
死んだ春香ママの名前を出され、桃子は振り返った。
「………春香ママを、知ってるの?」
つい、訊いてしまった。
「…俺は、お前のパパだよ」
そう言われて、桃子は春香ママと暮らした家にあった写真を思い出した。見た顔のような気もする。
秋恵達と暮らしてから、以前住んでいた場所のことは、春香ママのこと以外は不鮮明になってしまっていた。
「…桃子の、ホントのパパ?」
すると男は、
「ああ、そうだよ。一度、秋恵さん達に挨拶に行きたいんだが、お願い出来るかな?」
桃子は考えた。秋恵ママに、桃子のホントのパパがご挨拶したい、というのは、良いことのような気がした。しかし、
「…でもね、今日は、だれも…」
言ってしまってから、桃子はしまった、と思い、自分の手で口を覆った。
パパと名乗る男が、
「…誰も?」
その時、
「おーい、キミ!」
警察官が自転車に乗って、こちらに向かって来た。
すると、パパと名乗る男は、警察官と反対方向に走って行った。
「お嬢ちゃん、大丈夫? おうちまで送るよ」
桃子は事なきを得て、この時は無事に帰宅した。
外は、さっきまで気持ちよく晴れていた空に、怪しげな雲が広がりだした。
◇ ◇ ◇
夜はザーザーと、大雨になった。時々雷が鳴る。
その晩、夕食の時に桃子は、秋恵ママに聞いた。
「………あのね、秋恵ママ」
秋恵が「どうしたの?」と言うと、
「…今日ね、あのね、…ホントのパパ、って人が…」
秋恵が、ギクリとして、顔色を変えた。兄達も驚いた。
「桃ちゃん! どこでソイツ…、…っ、その人とは絶対、会っちゃダメよ!」
桃子も驚いた。ご挨拶したい、と言っていた、ホントのパパ…。でも、どうやら悪いことだったらしい、と桃子は思い、夕食後、部屋の中でもっちーを抱え、うずくまっていた。
「………桃子のホントのパパは、わるい人だったのかな…」
そう考えていると、下の階がにわかに騒がしくなった。どうしたんだろう、と桃子が部屋の扉を少し開けて覗くが、よく見えない。
仕方なく、もっちーを抱いたまま部屋を出て、階段の上から下を見る。
…そこには、昼間会ったホントのパパが、雨で濡れたらしく雫を垂らしながら端の方に立っていて、隆パパが知らない男に捻じ伏せられていた。
知らない男はホントのパパより若く、顔にいっぱいアクセサリーを着けている。怖い感じの人だ。
「あ」
桃子は、若い男に見つかった。
男は桃子に手を振った。
「桃子ちゃーん、見ーつけた。こっちに下りといでー」