6-2 名前
通り過ぎて行く家族を振り返りながら、もっちーが、
「フ…、あのチビッコ、サイコーのセンスだな。アザラシチョイスといい、ネーミングといい…、…分かってんな!」
めちゃくちゃ嬉しそうだ。
しかしみー君は、心配そうに女の子を見ていた。
「…? みー君、どしたの?」
「シッ」
すると、自分達以外に、その家族を見ているらしき人影があった。こちらに気付くと、人影はササッと通りの向こうに消えていった。もっちーが、
「………何だろ」
と言うと、
「さあ」
みー君は首をかしげた。
そして、背中からゴソゴソと、自分の羽根を一枚取り出して、フッ、と吹いた。
羽根はスーッと滑るように女の子の方に飛んでいくと、その子の中に溶け込むように、フッと消えた。
「…これでヨシ。じゃ、アイス溶けないうちに帰らなくちゃ」
「お、おう」
みー君はもっちーを抱えたまま、小走りで家路をたどった。
◇ ◇ ◇
家にたどり着いたみー君は、アイスを冷凍庫にしまうと、何やら思いついたらしく、のんびり読書中の久吾に話しかけた。
「…ねえ、ななさん」
「ああ、お帰りなさい。…どうしました? みー君」
みー君は、一瞬迷ったような素振りを見せたが、ぐっと顔を上げ、久吾に願い出た。
「…あのね、ボク、物質転送出来るようになりたいんだけど…」
久吾が、おや、とみー君を見て、
「どうしたんですか、急に」
するとみー君は、
「この間ね、裕人君…、…あの時ボクが物質転送出来てたら、もっと早く解決してたよね。ホントは瞬間移動も出来るようになりたいんだけど…」
ふむ、と久吾は考える。そして、
「みー君が本来の姿であれば、私に教わらなくても出来るでしょうが…、今の子供の姿のままで色々出来るようになりたいと言うのは…」
みー君が困った顔をした。
「…ダメかなぁ、ボク、今のままで強くなりたいんだけど…」
「…そうですね。本来の姿を取り戻せば、《一桁》の方達があなた方を、自分達の元に置きたがるでしょうね」
「………」
みー君は、とても嫌そうな顔をしている。久吾は心配そうにしながらも、一応尋ねる。
「…ただ、そろそろ『エフェス』も目覚めます。それなら『ミカエル』として…」
「やだ!」
みー君に拒絶された。久吾は困った顔をした。
すると、みー君が久吾にぺたっ、と抱きついた。
「………ボク、今のままがいいよ。『みー君』のままでいいんだ…。もっちーとも、めぇさんとも、…ななさんとも離れたくないよ…」
久吾はやれやれと、みー君の頭を撫でながら、
「ラファエルとウリエルは、英国にいますからね。そのままの名前で生活していますが…」
みー君とふーちゃんが久吾の元に送られたのは、日本が戦時下にあった時だ。ふーちゃんは髪を黒く染め、二人とも頭巾を被り、極力顔を見られないよう過ごしていた。
その時、呼び名も変えた。別の名を付けることは、『名』による『縛り』に影響が出る。なので、二人とも『みー君』『ふーちゃん』と、愛称で呼ぶようになった。
久吾は仕方ない、と思いながら、みー君に
「…とりあえず、やるだけやってみましょうか。物質転送程度であれば、暴走するほどの影響はないでしょう」
そう言うと、みー君がぱあっと嬉しそうな顔をした。
「うん! ありがと、ななさん!」
みー君は再び久吾の懐に飛び込んだ。久吾もよしよしと、みー君を撫でる。が、
「ただし、物質転送で生き物を扱うのは、極力避けて下さい。生身の身体には何が負担になるか、分かりかねます」
「え」
みー君が、ギクリとした。おや、と久吾は思ったが、とりあえずみー君が忠告を聞いてくれることを祈った。
◇ ◇ ◇
お誕生日を盛大に祝ってもらった桃子は、自分の部屋で『もっちー』と一緒に寝ていた。
「…フフ、もっちー。ずーっと一緒だよ」
抱き枕のようにもっちーを抱え、眠りにつく。
静かに様子を見に来た秋恵は、桃子の布団をそっとかけ直し、桃子の頭を優しく撫でた。
「…桃ちゃん。良かった…。このまま、あの男が戻って来なければいいんだけど…」
そう呟いて、静かに桃子の部屋を出た。