幕間 シンと拓斗
―――二十数年前。
霧が立ち込めるその場所に、ドサッと地面に落ちた少年がいた。
「…痛ってー…、? …あれ? 痛くねーや」
霧で辺りが良く見えない。
「…? ここ、どこだ?」
さっきまで、バイクに乗って走っていたはずなのに、気が付いたらこんな所にいた。バイクも無い。
キョロキョロと辺りを見回すと、うっすら向こうに小さな人影が見えた。近づいて来る。赤ん坊らしき姿だ。
白い羽織を羽織っている。前にテレビで見た、新選組みたいだ。赤ん坊なのに、肩で風を切って歩いてくる感じで、何かカッコいい。
「よぉ」
赤ん坊に声をかけられた。
「お、おう」
思わず少年は返事をした。
そして、一応聞いてみる。
「…え、えーっと、ここは…」
「…賽の河原だ」
赤ん坊が答えた。
「…ん? 賽の河原って…」
「お前、死んじまったんだよ」
「え!?」
少年はショックを受けた。そしてぽろぽろと涙を流した。
「…うん、気持ちは分かるぞ」
赤ん坊はうんうんと頷くが、少年が
「う、…う、ウソだー! まだ女も知らねーのに! うわあぁぁ!」
と、大泣きしたので、
「………うん。まぁ、可哀想にな」
呆れて見ていた。
◇ ◇ ◇
―――少年が落ち着いたところで、赤ん坊が
「オレはシン。お前、名前は?」
やっと泣きやんだ少年が、
「…槇村拓斗だ」
聞いて、シンがくるりと背を向け、歩き出した。
「ついて来い」
そのまま二人で歩き出した。
途中大きな門があり、数人の人影と、ツノを生やした優しそうな係員らしき人達を見かけた。
「あれは?」
拓斗が訊くと、シンが
「成仏の門だ。死んだ奴らはあそこを通って、生まれ変わって行くんだ」
へぇ、と拓斗が言う。が、そこで気付く。
「なぁ、俺はあそこへ行かねーの?」
するとシンが、
「…残念だがお前、半分置いてきてるから、ここで足止めだ」
「は? どういう意味?」
そのまま歩いていくと、霧の向こうにちゃぶ台が見えてきた。ちゃぶ台はこたつになっていて、ご丁寧にミカンがかごの上に乗っている。
さらに炭の入った火鉢の上に、網とやかんが乗っていて、シュンシュンと湯の沸く音がしている。
極めつけは大型テレビだ。ちゃぶ台の上に、テレビのリモコンらしきものもある。
「…お前はこれから、オレとここで暮らすぞ」
シンが言った。拓斗は見ながら、
「へぇ、…何つーか、賽の河原ってより、賽の茶の間って感じだな」
笑いながらこたつに入る。座椅子になっている席に座ると、もう動きたくなくなる。悪くねーな、なんて思いながら、こたつの虜だ。
シンもこたつに潜り込む。小さいので、子供用の補助椅子だ。シンがおもむろに、テレビのスイッチを入れた。
「お前の半分、あそこに入ってるぞ」
シンが言うのでテレビを見ると、拓斗の部屋が映っていた。少しズームされ、ヘルメットに入ったぬいぐるみがアップになる。
「…あれ、もちもちもっちーじゃん。マジかぁ…」
男の子の拓斗は、これ以外ぬいぐるみなど持っていなかった。ペット禁止のマンションだったこともあり、ガキの頃は一緒に寝てたなぁ、なんて思いながらテレビを見ていた。
「…なぁ、一緒に暮らすってことは、お前も半分どっかにあんの?」
拓斗がダルそうに訊くと、シンは
「…まぁな。オレも色々事情があって、ここにいるんだ。本来賽の河原は、親より先に死んだ子供が足止め食らうとこなんだよ」
「へぇ…」
そんな気のない返事をするが、拓斗はそういえば、と思い出す。
「そーいや何か、聞いたことあるぞ。『ひとつ積んでは父のため〜』とか何とか…。石積んだりすんじゃねーの?」
するとシンが、
「そう言うらしいな。でも、子供のうちに死んじまって、さらに石積まなきゃいけねぇとか、何の拷問だよ。ここの鬼連中は、みんなすっげぇ優しいぞ」
それを聞いて、拓斗は何だか嬉しくなった。
「ハハ、そっか。じゃああの世も悪くねーじゃん」
そう言ってこたつの虜になりながら、ボーッとテレビを見ていた。シンが一言注意する。
「あと、ここの川の水は、必ず沸かして飲めよ。生水飲むと、色んなこと忘れちまうからな」
「ふーん、腹壊すんじゃなくて、忘れちまうのかぁ…。わーった、気ぃつける」
そんな感じで、シンと拓斗の賽の茶の間生活が始まった。
◇ ◇ ◇
テレビを見てると、もっちーがゴミ袋に入れられ、ゴミ置き場に捨てられた。
「うう…、もっちー、何だか哀れだなぁ…」
拓斗が泣きながら言う。
「まあ、このままアイツがこっちに来れば、お前は晴れて成仏だ。短い間だったけど、楽しかったぞ」
シンが言うと、拓斗も
「ああ、世話になったな。お前も早く成仏出来るといいな」
そして、いよいよもっちーの中の半分が上に上がっていこうとした、その時―――
『…泣いてたのは、キミ?』
袋が開けられて、天使がもっちーを連れて行った。
「……………」
…シンが、拓斗をポン、と叩く。
「もうしばらく、茶の間の住人だな」
拓斗は叫んだ。
「………マジかあぁぁーーー!!」