5-10 宝物
警察の面々は、佐藤を確保した事で半数以上は署に戻っていった。行方不明の届け出をしていたので、章夫は簡単な手続きをして、裕人との話が終わり次第、月岡達が家まで送り届けてくれる事になった。
堤防の方では、オートバイの面々が集まって追悼集会を行っていた。《爆走道化師》以外のチームも多数いて、各々事故等で無くなった者の遺影を手に、花束を海に投げ入れていた。
遺影の中には、小さいが拓斗の写真もあった。
もっちーが、「あ!」とそれを見つけ、
「うう…、アイツら、イイヤツらだ。生き返って良かったよー」
と、泣いていた。
裕人は父の手続きを待つ間、久吾のそばにいた。
不安そうにしている裕人に、久吾は話しかけた。
「…先程、あなたのお父様の魂が良いものだ、と話しましたが…」
「?」
「あなたが赤ちゃんだった頃、…覚えていないでしょうが、あなたの魂はお父様を遥かに凌ぐ、最上級の魂だったんですよ」
「………」
そう言われても、裕人には信じられなかった。久吾は続ける。
「最上級の魂色、『天使の魂色』と私は呼んでいますが…、あの色は、心の底から幸せを感じている時にしか発現しないんです。…あなたがそのように、幸せを感じていた理由は、多分…、お父様がご存知だと思います」
「………?」
理解がおぼつかない裕人に、久吾は優しく微笑んで、
「お父様のお話、ちゃんと聞いてあげて下さいね。では…」
そう言って、もっちーを抱えながら一礼し、今度は倉橋達の方に向かって、
「皆さん、すみません。私達はこれで失礼します。…今日はいつもより働いたので、少々疲れました」
と挨拶し、風月にスマホを返して帰って行った。もっちーが「おみやげ!」とか騒いでいたようだが、久吾に「私にぬいぐるみを抱えてお店に入れと?」と窘められていた。
◇ ◇ ◇
「…そうか、名奈さんがそんなことを………」
木陰のベンチに二人で座りながら、章夫はそう言った。
「…そういえば、お母さんのこと、ちゃんと話したことはなかったかもしれないね。そうだな………」
章夫は、ぽつりぽつりと話し始めた。
「…お母さんと一緒に暮らし始めた頃、お母さん何にも出来なくてね。…一緒に、掃除や洗濯、料理なんかをしたんだ」
「…お父さんに教わってたなんて、僕と一緒だ」
「ハハ、そうだな。…お母さん、割と飲み込みが早くてね。三日もすると、仕事から帰ると家の中が綺麗に片付いていて…」
「………」
「…私が買い物して帰って、一緒にご飯を作って、食事して…。普通のことなんだけどね、…お母さんにとっては『普通』が生まれて初めてのことだったらしい。…辛い思いをして、生きてきたみたいだったんだ…」
「………」
「お前を授かってから、お母さん、大きくなっていく自分のお腹を、不思議そうにさすっていたよ。…それから、お前が生まれた後は、いつも大事そうに、お前を抱いていたなぁ。少しでもぐずると、すぐに手を止めてお前を抱き上げるんだ…」
「…そうなの?」
章夫は頷く。
「私も、お前が可愛くてしょうがなかったからね。お父さんもお母さんも、手が空けば自分の腕にお前を置いておきたがって…、ハハ、親バカだったなぁ」
裕人は少し微笑んだ。
「お母さんに『君は本当に、裕人が可愛くて仕方ないんだね』って言ったんだけど、…お母さんは『自分は裕人のことを、本当に可愛いと思っているのか分からない』って、お前を大事そうに抱きながら言うんだ。…おかしいよね、自覚がなかったみたいなんだ」
「………」
「すぐに気付くと思っていたのに、あんな事故で…。…あの日、お母さんがあの男と一緒にいたのは、お母さんを守れなかった、お父さんも悪かったんだ…。お母さんからお前を頼まれて、そのまま外に出てしまったから………」
これは、章夫の後悔だ。
しかし、それがなければ久吾と会うこともなかった。
「………ただ、お母さん、自分では気づいてなかったんだけど、周りのみんなが知ってる。…お母さんは、お前をとても大事な、宝物のように愛していたんだよ」
「………そうなんだ」
裕人はまだ、実感が湧かなかった。
「…名奈さんが言ってたね。お前が、心の底から幸せを感じていた、…そんな状態にあった、と。…それは、お前がお母さんに、とても愛されていた証拠だと思うよ」
「………うん」
裕人は、少し考えてそう言った。
まだ答えは出せない。でも、お母さんが自分を、とても大事にしてくれていたことだけは、よく分かったような気がした。
ふいに、冷たいものが裕人の頬に当たる。空は僅かな星の明かりが見える。晴れているのに、一瞬だけ、パラリと雨が降った。気のせいかな、と裕人は思った。
「………お父さん」
「ん?」
裕人が言う。
「…僕、まだよく分からないけど…。…でもね、今僕は、お父さんの子供で、ほんとに良かったと思ってるよ」
章夫は少し微笑んで、優しく裕人の頭を撫でた。
「………そうか」
そう言って、そろそろ戻ろうと、章夫と裕人は月岡達が待つ場所まで戻って行った。