5-8 再生の唄
結界の外では、警官達が騒いでいた。
「…何でしょうね、これ」
見えない壁がそこにある。壁の向こう側は、何事も無く静まり返っている。
そこへ、壁の向こう側からこちらへ、フッ、と出てきた人影が現れた。佐藤だ。
「な…! 人が出てきたぞ!」
佐藤は慌てて体勢を整え、逃げ去ろうとした。警官達をすり抜けようとしたが、捕まりそうになる。
佐藤は懐から、隠し持っていた拳銃を取り出し、ダン! と地面に撃った。
運良く誰にも当たらなかったが、一瞬警官たちの動きが止まり、その隙に佐藤は走り去ろうとした。
現場に到着した月岡達が、前から走ってくる佐藤に気付き、車を止め外に出た。
「待て! 何だお前…」
ダン! と銃声が響いた。月岡の左袖が裂けた。月岡はその場に崩れ、赤く染まる左肩を押さえてうずくまった。
「月岡! 大丈夫か!?」
石塚が叫んで、月岡に走り寄る。その脇を、風月がすり抜けた。
速い。正に電光石火の勢いで、風月は佐藤の懐に潜り込み、銃を持つ腕を下から捻り上げる。佐藤が驚くより速く、風月はそのまま膝蹴りを佐藤の腕に食らわせ、銃を取り落とした佐藤を地面に捻じ伏せた。
「良くやった! 三枝!」
石塚が褒めた。他の警官達もやって来て、佐藤は無事確保された。
「中はどうなってるんだ!」
警官の一人が、佐藤に怒鳴りつけた。
「………知らねえ。バケモンが…、クソッ」
佐藤は、それだけ言った。皆、一体何がどうなってるんだ、と、余計に困惑した。
◇ ◇ ◇
結界の中で、翼を広げたふーちゃんが静かに歌い出した。
少しずつ声量が上がり、ふーちゃんの身体から、白金のもやが立ち昇る。もやは段々と輝き、キラキラとふーちゃんの周りを渦巻いていく。その輝きは、以前久吾が裕人から抽出した、あの『天使の魂色』の輝きそのままだ。
大きく対流するその輝きは、ふーちゃんの姿を変えていく。歌声が大きくなると共に、その背中の翼が大きく広がり、枝分かれするように増えていく。
双肩の翼は、二枚から六枚に増えた。
ふーちゃん自身も大きくなる。背が伸び、髪が伸び、髪を結んでいたリボンが解ける。子供の姿から、大人の女性の姿に変貌する…、が、女性というには少し違って見えた。美しい女性にも見えるが、麗しい男性のようにも見える。
ふーちゃんの歌声が、声質が変わっていく。
軽やかなソプラノの響きが、伸びやかなアルトへ。歌声が辺りに響き渡ったその時、焼け焦げた死体達が修復されていった。
死体のみならず、街路樹も、街灯も、有機物、無機物問わず、みー君が焼き尽くした全てのものが元に戻っていった。
………全てが元通りになり、ふーちゃんを包んでいた輝きが消えた。ふーちゃんの姿も子供に戻る。
ふらり、と、ふーちゃんの体が揺れ、倒れそうになったところを久吾が膝をついて抱き止める。
「…お疲れ様でした、ふーちゃん。ありがとうございます」
ふーちゃんはニッコリ笑い、そのまま気を失ってしまった。
すると、久吾のもう一つの腕の中にいたみー君が、目を覚ました。
「…あ、あれ? ふーちゃん?」
何かに気付いたように、みー君がオロオロと、ふーちゃんと久吾を見た。既に透明な球体から解除されていたもっちーが、泣きながらみー君に寄ってきた。
「うわーん! みー君、良がっだよ〜!」
もっちーを抱き止め、みー君が泣き出しそうになった。
「…ごめん、ボク………」
久吾がそっとみー君を抱き寄せ、その頭を優しく撫でた。
「…大丈夫です。大丈夫ですよ。泣かないで下さい」
久吾は結界を解いた。
結界は万一を考え、三重に施されていた。今の一連の行いを、誰かに撮影でもされていたら困る。
死体だった者達が順々に意識を取り戻し、起き上がりだした。
「………あ、あれ? 俺達一体…」
結界が解かれ、見えない壁が無くなったことで、警官達も中にやって来る。
久吾はもっちーに言った。
「すみません。二人を連れて、一旦戻ります。その間にもっちーさんは、月岡さんに連絡をお願いします」
久吾は二人を抱えながら、瞬間移動で家に帰り、二人をめぇに預けてから、もっちーのいる場所に戻ってきた。
その間にもっちーが、風月のスマホで月岡に電話を入れると、受けた相手は倉橋だった。もっちーが話しながら、えっ!? と驚く。
「ご主人! 何かツッキー、撃たれてケガしたって!」
えぇ? と久吾が言うと、倉橋が
『おい久吾さん、そこにいるのか?』
と言うので、「はい」と答え、
「倉さん、すみません。そちらに伊川章夫さん、いらっしゃいますね? 月岡さんと一緒に連れてきてください。こちらには裕人君もいますので」
電話を切り、地面に寝かせてしまっていた裕人を抱き上げ、久吾は月岡達を待つことにした。