5-6 疑心
「ずいぶん時間食っちまったかな…。まあいい。俺達も行こう」
外に出た月岡達は、章夫に後部座席に乗ってもらい、皆で乗り込む。久吾達は見送る形になった。運転席に座った月岡が、
「久吾さん、後日色々聞きますからね。…よし。昭和島まで20分弱ってとこか…、じゃあ…」
と、後部座席に声をかけようと振り向くと、風月の膝の上にめぇがちょこんと座っていた。月岡が吹いた。
「置いてこい!!」
風月は泣く泣くめぇを久吾に預けた。車は行ってしまった。
…車が行ったのを見計らって、久吾はみー君達の方を向いた。
「………さて、みー君、もっちーさん。やりたい事があるんじゃないんですか?」
久吾がにこりと笑いながら、みー君達に声をかけた。するともっちーが、喜んで答える。
「さっすがご主人! 分かってんな!」
みー君も元気よく答える。
「もちろん! ボクも敵討ちする! もっちー泣かせたヤツ、許さないもん!」
みー君がとてもやる気になっているので、久吾は少し心配になる。
「みー君は、あまりムリしないで下さいよ」
聞いているのかいないのか、二人はやる気だ。すると、久吾に抱かれためぇが何やら差し出した。
「メ、旦那様、コレ…」
おや、と見ると、風月のスマホだった。
「困りましたね。私これ、良く分からないんですよね…。もっちーさん、使えますか?」
久吾は機械全般が苦手である。家の電話も未だ黒電話だ。
とりあえずスマホをもっちーに渡すと、器用に操作している。めぇがどうやら風月のセキュリティパターンを見て覚えていたようで、無事解除し、もっちーが月岡に電話をした。
車を運転していた月岡が、ハンズフリーで電話に出る。
『ツッキー! 後でコレ、返しに行くかんな!』
もっちーはそれだけ言って、電話を切った。石塚が笑っている。風月はスマホがなかったことに気付いて、慌てていた。
「…あんの大福アザラシ………、誰がツッキーだ…」
石塚が笑いながら、
「じゃあ竜ちゃんって呼んでもらえよ、下の名前で」
言われて、月岡はふてくされながら、「嫌だね」と言った。
月岡竜之進は、その古風な名前が気恥ずかしいので、人前では滅多にフルネームを言わなかった。
◇ ◇ ◇
この数時間前、裕人は誘拐実行犯によって佐藤の下に連れてこられていた。目と口を塞いでいたものは取られ、手足を縛られただけの状態で、廃ビルの煤けたコンクリートの上に転がされていた。
裕人は髪を掴まれた。頭を持ち上げられた目の前では、血走った眼の中年の小男の顔が、こちらを睨んでいた。
「…デカくなったな、辰哉のガキ。母親によく似てんな」
そう言い捨てると、掴んだ髪を頭ごと打ち捨てた。
裕人は痛みを堪えながら、
「………たつ、や? …誰?」
すると、小男がニヤリと笑いながら、
「辰哉だよ、溝口辰哉。クソ野郎で、お前の父親の!」
…何を言ってるんだろう、この男は、と裕人は思い、
「…人違い、です…。僕の、お父さんは、伊川、章夫…。僕は、伊川裕人。…辰哉なんて、知らない…」
すると小男が寄ってきて、裕人は腹部を蹴られた。
「グァ…!」
「お前の母親のみゆきってのはなぁ、辰哉のヤツのお気に入りだったんだ! みゆきはヤツとの間にお前を作って、今の父親に育てさせてるんだよ!」
「!?」
小男は興奮して続ける。
「あの晩だって、ダンナと赤ん坊のお前を追い出して、二人でお楽しみだったんだぜ! そういう汚え女とクソ野郎の間に生まれた、クソガキがお前なんだよ!」
そう言って、裕人の頭を踏んだ。
………嘘だ。そんな………。死んだお母さんが、そんな………。
………僕のお父さんが、本当のお父さんじゃなかった、なんて………。
裕人は身体の痛みよりも、今の理解しがたい話に衝撃を受けていた。
そんな裕人に構わず、小男・佐藤は裕人を担いで、ビルの上へと移動し始めた。
◇ ◇ ◇
みー君がもっちーを抱え、空を翔け抜ける。
実は裕人には、みー君の羽根が一枚仕込んである。まだ裕人が赤ん坊だった頃、御守として入れておいたのだ。
羽根は裕人の身体の中に、スッと溶けるように入り込み、それがGPSのような役割で、みー君に居場所を知らせている。
それ以降裕人に会わなかったのは、成長しないみー君とふーちゃん、それに動くぬいぐるみ達を物心ついてから会わせるのは避けたい、という久吾の判断だ。
東京湾の上空を越え、昭和島にある廃ビルの上に、みー君は裕人の存在を感じ取った。みー君は精神感応で久吾と連絡を取り合う。
((ななさん! 見つけたよ!))