1-2 寿命の抽出
章夫は久吾の言っていることが理解出来ずにいた。
「寿命を… 買い取る?」
久吾は少し考えながら説明を始めた。
「寿命というか…、一日分の生命力、とでも言いますか…。久々に極上の魂ですので、是非ともお売り頂きたいのですよ。もちろん抽出後はしっかりと回復させて頂きます。消耗した分が回復すれば、実際に寿命が削られることはありません。いかがでしょう?」
「極上の魂…? 裕人の魂が…?」
章夫はまだ困惑していた。よく分からないが、一千万円という大金が手に入るかもしれない…、にわかには信じられなかった。
「あ、あの…、私の魂ではダメなんですか?」
章夫は一応聞いてみたが、久吾は首をひねった。
「あなたも良い魂をお持ちです。…が、やはり今のお子さんと比べると…。同額だと十日分くらいの生命力ですか…、あなたから抽出したら、死ぬかもしれません。五百万として五日分の抽出より、お子さん一日分の方が費用対効果がいいと思いますよ」
どうやら章夫の魂の価値は、息子の裕人の1/10らしい。
「五日分だと回復にも時間がかかりますから」
話を聞いて章夫は、そもそも今置かれている状況も夢みたいなものだと思った。それならば、答えは決まっている。
「…ちゃんとケアしてもらえるってことは、裕人の身の安全は保証してもらえるんですよね?」
「もちろん」
久吾はにこりと笑った。
「では、…よろしくお願いします」
久吾はうなずき、小さな薬瓶を胸の内ポケットから取り出した。
「みー君、電気消そう。暗いほうがキレイ」
「オッケー、ふーちゃん」
子供達がそう言いあって、部屋の明かりが消された。まるで誕生日ケーキのろうそくを吹き消す時のようだ。
久吾が優しく赤ん坊の裕人の額に触れる。
すると、裕人の額から輝く白いもやと、まるで金粉のようにキラキラと輝く金の霞が同時に立ち昇り、スルスルと宙に舞って、少しずつ久吾の持つ薬瓶の中に吸い込まれていった。
美しいその様子に、子供達が歓声を上げた。
「綺麗でしょう。私はこの魂の色を『天使の魂色』と呼んでいます」
章夫は言葉が出なかった。輝く白と金色のコントラストは、正に天使が舞っているようだった。
もやが薬瓶にすっかり納まるまで見とれていると、ふいに歌声が聴こえた。先程ふーちゃんと呼ばれていたワンピースの少女が、綺麗な優しい声で歌っている。
「ふーちゃんの歌には癒やしの効果があります。お子さん…裕人君もすぐ回復しますよ」
少しぐったりとしていた裕人も、すぐに頬に赤みが差し、スヤスヤと寝息を立てている。
章夫もふーちゃんの歌を聴いているうちに、だんだんと意識が遠のいていった…。
◇ ◇ ◇
「………帰って来なかったわね」
みゆきが、ベッドの中で言う。
窓際で煙草をふかしながら外を見ていた男が「あぁ」と答える。
まだ火のついた煙草を外に投げつけると、男はみゆきの方にくるりと向いた。
「なぁ、で、あのガキは俺の子か?」
面白そうに問いかけたが、みゆきは表情を変えず、
「………分かんない。興味もないわ」
とだけ答えた。男はゲラゲラと笑った。
そして、ボソリと
「…やっぱりな。俺に欠陥なんかねーんだ」
と言った。みゆきは「?」と思った。
すると、ドタドタと部屋に走り込んでくる足音が聞こえた。
「兄貴! 帰ってきました!」
◇ ◇ ◇
一時間ほど前。
章夫は裕人を抱きかかえながら、公園のベンチで目を覚ました。
お出かけセットのバッグとは別に、紙袋が置かれている。
ふと中を見ると、新聞紙に包まれた何かがあった。
そっと開くと、入っていたのは札束であった。
一千万円。夢じゃなかった。
札束の上に名刺があった。
肩書などは無く、『名奈久吾』という名前と連絡先が書かれていた。
◇ ◇ ◇
「…五百万。確かに受け取ったぜ。じゃあな」
男は玄関まで裕人を抱いたみゆきと来ると、彼女にそっと耳打ちした。
「…金の出処を聞いとけ」
玄関が閉まり、足音が遠のいてから、みゆきは章夫のそばに寄った。
「…お金、どうしたの?」
「いやぁ、夢みたいな話なんだけど、実はね………」
章夫は少し興奮気味に、事の顛末を話した。