25-4 12年後・その4
『お花見』の宴席には飲み物と、一応の軽食が用意されている。その周りには、宝来家に属する数人のスタッフと、蓼科家の人々がいた。
羽亜人が姿を現すと、蒼人と目が合う。
「蒼人! 弥生さんも、準備のお手伝い、ありがとね」
弥生は蓼科家の人間で、耀一の妹だ。
三人兄妹で、耀一の兄・優一は、現在賢介に代わり蓼科家の長となっている。
そして、耀一の妹・弥生の夫は、蒼人だ。
弥生曰く、長年の恋が実ったのだと言う。
「フフ、どういたしまして。今日も久吾さん、ルネさんのお料理持ってきて下さるんでしょ?」
「うん、もう用意してあるって、連絡ももらってるよ」
羽亜人がスマホを手にそう言っていると、蔵人達もやって来て、
「…未だに信じられないんだよなぁ。久吾さんが電子機器扱ってる姿が…」
聞いて羽亜人も苦笑する。
久吾が機械類を上手く扱えなかったのは、以前の体内構造の影響によるものだ。
今の久吾は、人間達の使用する電子機器も問題なく扱える。
ただ、ハチのような鑑定眼も無く、彼が扱っていた失われた技術の記憶も無いので、スミスがいた米国の技術チームは、ファリダも含め、未だ極秘で転移門などの解析・研究に勤しんでいた。
そのファリダが、リュシーと由香里と共にやって来た。
「…久吾はまだ来ないのか?」
ファリダが少し眠そうに言う。羽亜人は少し驚きながら、
「ファリダ、もう少し寝てても良かったのに」
しかしファリダは、少々不機嫌ながらも、
「ただの時差ボケだ。せっかくの料理、食べ損ねたくないぞ。…それにしても、今年も綺麗だな」
桜を見ながら言う。日本や米国の食事に慣れたファリダにとって、食の戒律は既に無かったことになっているらしい。リュシーも嬉しそうに、
「本当ねぇ、なんて綺麗…」
満開の桜を見ながら言う。
リュシーはあの後フランスに戻ったが、いきなり目が見えるようになってしまったことに驚かれ、病院に隔離されて、原因を究明するため何度も検査をされた。
その後のリュシーの様子を千里眼で見た久吾が、検査の繰り返しで鬱状態になったリュシーを急いで病院から救出し、蔵人達とも相談して、面倒見の良い蓼科家で暮らすことになった。
母国では行方不明扱いのリュシーだが、リュシーの家にあったピエールの遺作…、数点の風景画を久吾が日本に持ってくると、幾つかは手許に残しつつ、優一が上手く画廊と交渉し、中々の値段で取引してくれた。
「準備はもう良いのかしら?」
すっかり日本語も上手になったリュシーが訊くと、後は皆が揃うのを待つだけ、と言う羽亜人の言葉と同時に、わらわらと何人もの集団がこちらにやって来る。
「あ! パパ達!」
桃葉が走り寄ってくる。一緒に走ってくるのは、先程、たくちゃん、と呼ばれた男の子と、十歳くらいの少年。
「羊君も匠海君も、久しぶり。羊君、また背伸びたかな?」
羽亜人に、羊君、と呼ばれた少年は、礼儀正しく、
「はい。だってもうすぐ五年生…、高学年ですよ」
にっこりと笑った穏やかな顔は、その後ろから来る女性に似ていた。風月の妹・水波だ。さらに後ろには、月岡夫婦もいる。
羊は、風月達の子供で間違いないのだが、隔世遺伝なのか、何故か風月と水波の母、羊にとっての祖母に顔立ちが似ていた。
よって母親似の水波ともよく似ているため、姉妹と羊が一緒にいると、水波の方が母親、と間違われてしまう。
水波も「甥っ子ですよぉ」と否定するが、そんな時の羊は、風月にぺったりと寄り添い、「お母さん」と言っていつも以上に甘えてくるので、風月は羊が可愛くて仕方ないらしい。
…ただ、久吾だけは、「羊さんはお父様によく似てらっしゃる」と言っていた。
恐らく、外見のことではないのだろう、と風月達は思っている。
「ふぅ…、ご無沙汰してます」
大きなお腹を抱えて、月岡に椅子に座らせてもらっているのは風月だ。今お腹に二人目がいる。
月岡は先日副署長の任命を受け忙しくしているが、毎年『お花見』だけは何とか予定をつけて、こちらに来ていた。
風月は現在実務ではなく、スポーツ推薦で入ってきた警察官達の指導者となっていた。
元々風月は学生時代、空手などの格闘技で何度も表彰されており、一時はオリンピック出場候補に上がったこともあるのだ。
…ただ、今は産休に入っている。
「大弥さん達もまだだったのね」
風月が、よいしょ、と座りながら言う。オリヴィアとは予定日がほぼ一緒だ。
「あ、今来ますよ」
裕人と詩織の後ろにいた石塚が言う。妻の香織と、章夫も一緒だ。大弥はオリヴィアを労りながら、こちらに手を振っていた。
すると祖父である石塚に、匠海が、
「じぃじ! 大福アイス、持ってきてるぅ?」
石塚の足下に寄ってきて可愛らしく尋ねる。石塚は目尻を下げながら、
「おぉ、ちゃんとこのクーラーボックスに入ってるぞ!」
わぁい! と嬉しそうな孫の様子を見て、石塚も、ついでに章夫もデレデレだ。蔵人や羽亜人は、
(大福アイスかぁ…)
あの、白くて丸いぬいぐるみを思い出していた。
「あれ? 久吾さんと…、倉橋さん達もまだですかね?」
石塚がそう言うと、倉橋夫婦もやって来た。二人とも80歳近いが、元気な足取りで近づいてくる。
「あとは久吾さんだけか…」
蔵人がそう言い、とりあえず皆を席へと促す。
ほとんどの者が席についた、その時―――
「おや、遅れましたか?」
大きな箱を抱えた久吾が、突然その場に現れた。
皆びっくりしたが、子供達が、
「「久吾おじさん!!」」
せっかく座ったのに、久吾のそばに走り寄っていった。
終わらなかった…。
最終話は、次か、その次。