25-3 12年後・その3
久吾は皆と会う前に、もう一件約束のあった相手のところへ行っていた。
「―――そうですか。和宏さん、長崎の大学病院へ…」
名誉院長となった平田の自宅の縁側で、久吾はお茶を頂きながら、そんな話をする。
市営病院と併合した平田の病院は、主に救急医療に力を入れ、新たに病院長となった澤村が、しっかりと切盛りしている。
「ええ。あちらでしっかりと鍛えて頂いてから、戻ってくるよう言ってあります」
霊薬の精製が出来なくなり、取引終了の挨拶をした折、これからも変わらず『友人』として付き合いたいと言われ、平田とは時々会っていた。
取引相手は全て久吾が厳選していただけに、取引終了を申し出ても、友人として会おうと言う者が多かった。
SP会社社長・坂本などは、ちゃっかりと久吾の治癒の力を当てにしたりもしていたが、今まで以上に人員の訓練にも力を入れている。
「………和宏さん、ずいぶん変わられましたね。これなら2〜3年後には、跡を継げるんじゃないんですか?」
千里眼で和宏の様子を伺ってみると、患者の話に真摯に耳を傾ける和宏の姿が映った。
平田は、ほう、と驚き、
「…そうですか、戻ってきた時が楽しみです」
嬉しそうな笑顔を見せた。
久吾も笑顔を見せながら他愛もない話をした後、以前平田が気に入ってくれたラングルチーズをお土産として渡し、それではまた、と挨拶をして、一旦自宅に戻った。
◇ ◇ ◇
「大弥は? まだ戻ってないのか?」
宝来家邸宅の庭園には、桜が数十本植樹されている。
ここ数年、この場所で毎年特定のメンバーが集まり、『お花見』が行われているのだ。
蔵人の言葉に、黒の執事服姿の羽亜人が、
「遅れてるけど、もう来ると思うよ。…ほら、オリヴィアの予定日が来月だから…」
ああ、と蔵人が頷く。蔵人の側にいたキーラも、笑顔で頷いた。
―――ギルが連れていた子供達と、《5》の下にいたキーラとオリヴィアは、一旦K・Iに引き取られたが、キーラとオリヴィアは《5》に語学や知識、更には体術まで鍛え上げられていたこともあり、即戦力の人材として、K・Iの中でも特別な任務を請け負う人物の下に送られた。
『国際連合』―――
いわゆる『国連』と呼ばれる機関であるが、その中の様々な補助機関に、何人ものK・Iのメンバーが配属されている。
キーラとオリヴィアを引き取ったのは、国連教育科学文化機関に属する人物で、マノンという女性だった。
二人が彼女の下で働いているうち、日本で開催されたユネスコ主催イベントの協賛に名を連ねたのが、宝来グループと、蓼科耀一の会社、グロウ・エージェンシーであった。
その際、久しぶりに見知った相手と偶然出会い、一緒に仕事をしたキーラとオリヴィア、それから蔵人と大弥だったのだが、そのうち連絡を取り合うようになり、気付けば蔵人とキーラはすっかり意気投合し、現在夫婦となっている。ただ、互いに仕事にのめり込み、未だ子供はいない。
そして、大弥とオリヴィアも互いに惹かれ合い、一緒になりたいと申し出たのだが、大弥の場合は大変だった。
何しろ大弥は、宝来グループの後継者なのだ。
宝来家としては、相手の身上は重要だったのだが、
『じゃあ、キーラもオリヴィアも私の娘ってことで』
マノンの一言とK・Iの情報操作で、全てが解決した。
5年ほど前に結婚したが、その際大弥は、本格的に宝来家の家督を継ぐように、と周りから言われ始めた。
貴彦の人となりを知って、既に宝来家へのわだかまりも無くなっていた大弥は、蓼科家の皆や蔵人達の意向もあり、グロウ・エージェンシーを辞め、今の肩書きは、宝来グループに於いての『代表取締役社長』となる。
…とは言え、本人は肩書きを気にもせず、目の前の実務をがむしゃらにこなしていくのみで、周りからは、大弥らしいなぁ、と微笑ましく見守られていた。
―――そして、大弥もオリヴィアも各々忙しくしていたが、昨年子供を授かり、出産を来月に控えていた。
「…何かさ、俺達からすると、孫でも生まれてくる感覚だよね」
羽亜人が、ハハ、と笑う。蔵人が苦笑していると、
「パパー!」
元気な声がする。
「あ! 桃葉! ママと…、斗真さんも一緒だったか」
桃葉、と呼ばれた四、五才くらいの女の子が、羽亜人の懐に飛び込んだ。
「羽亜人さん、準備はほとんど整ってますよ。確認、お願いします」
了解、と頷いて、羽亜人は斗真と持場に戻る。
3年ほど前に亡くなった楠本に代わり、現在宝来家の筆頭執事を務めているのが、羽亜人なのだ。
いってらっしゃい、と父・羽亜人に手を振る桃葉を抱き上げたのは、斗真の妹・彩葉。
桃葉が母である彩葉に抱きつくと、彩葉が、
「桃ちゃん、疲れちゃったの?」
すると桃葉は、首を、ぶんぶん、と振り、
「羊くんと、たくちゃん、まだぁ?」
彩葉は笑って、
「もうすぐ来るわよ」
そう言っていると、何人もの人影が賑やかにやって来る。桃葉達に気づくと、桃葉と同い年くらいの子供がこちらに走り寄ってきた。
「ももー!」
「あ! たくちゃん!」
抱っこされていた桃葉は下ろしてもらい、たくちゃん、と呼んだ男の子とハイタッチをした。
「げんきだったか!?」
そう言う男の子のそばに、その子の両親もやって来る。
「お久しぶりです、彩葉先輩」
「彩葉さーん! 桃ちゃんも元気そうだね!」
裕人と、詩織だった。