25-2 12年後・その2
その二つの墓の前に、一人の男がいた。
花を添え、線香をあげ、手を合わせる。
…話し声が近づいてくる。
それに気付いた男は、静かにその場を立ち去った。
「―――あれ?」
男が去っていった後、その場に辿り着いた四人の人影が、すでに献花された墓を見て驚いた。
「…誰か、来てたのかな」
墓には『川野家』と書かれている。
その隣の小さめの墓には、『柏木春香 桃子』と書かれていた。『柏木』は、春香と秋恵の旧姓だ。
翔の言葉に皆驚いていた。献花の主に思い当たる者もいなかったが、翔達はとりあえず手持ちの花を墓へと追加で献花し、自分達も線香をあげる。
「……………」
四人で手を合わせる。
隆、守、翔。それから、ひと月後に守と結婚式を上げる女性。
隆は秋恵の遺骨が眠る墓に、
「…秋恵、守が嫁さんをもらうんだ。俺なんかに似ず、しっかりした息子に育ったよ。清香さんも素敵な人でな。お前みたいに、明るくてしっかりした人だ」
それを聞いた守も、
「母さん、…父さん、あの時のこと、…そりゃあ最初はずっと恨み言ばっかり言ってたんだけど、年を追うごとに、段々落ち着いて来て、『あの時は、どうかしてた』って言ったんだ。母さんと桃子の写真見ながら、『済まなかった』って…」
翔も頷きながら、
「…うん、俺達もあの時のこと、ちゃんと話し合ってさ。…それから少しずつ、何だか憑き物が落ちたみたいになって…。母さんも、桃子も、…守ってやれなくて、ごめん」
「……………」
もう一度、皆で墓に手を合わせ、その後隆が感慨深げに、
「秋恵…、俺達は何とかやっていけてる。もう、心配いらないよ」
そう言うと、ふいに冷たいものが隆の頬に当たった。守と翔も、驚いて空を見上げる。
空は抜けるような青空。おかしいな、と首を捻る三人を見て、清香も同様に空を見上げながら、
「………お義母さま、喜んでらっしゃるのかも知れませんね」
そう呟いた。
―――墓を後にした幸宏も、一瞬、空を見上げた。
服役期間を終え、出所してすぐに墓参した幸宏は、春香と桃子、そして秋恵に、申し訳なかった、と深く詫び、冥福を祈った。
抜けるような青空は、二度と戻らない春香の笑顔と、生まれたばかりの桃子を思い出させる。
桃子が生まれた日も、こんな抜けるような青空だった。
幸宏はこれからも、死ぬまで後悔を背負って生きて行く―――
◇ ◇ ◇
「肝島さん、何度言えば分かるんですか!」
駅前のリサイクルショップは、現在トレーディングカード等を扱うカードショップとなっていた。
現店長・大野は、ビルのオーナーに頼まれ仕方なくこの男・肝島をアルバイトとして雇っている。
ちなみにビルのオーナーは、全ての資産を引き継いだ肝島の妻だ。
「は、はい! スミマセン!」
肝島はぺこぺこと謝る。
刑期を終えた肝島は、妻の言うことには絶対服従を誓い、心を入れ替え実直に過ごすことを条件に、離婚を免れた。
(………まさか俺が、肝島さんを使う立場になるとはねぇ)
大野は店がリサイクルショップだった頃、一時期アルバイトをしていたが、肝島の横暴ぶりに辟易してアルバイトを辞めたのだ。
…肝島の妻と息子は、一旦遠い街へと引っ越した。今はそこで、息子が一人暮らしている。時々母親である妻が様子を見に行っているらしい。
息子は、父親はいないものと思っている。
とりあえず、今のところは妻が肝島の管理を厳しくしているようだ。
◇ ◇ ◇
「ママぁ、その胡散臭い水晶玉、まだ飾ってんのかい?」
場末のバーで、常連の客がママに絡んでいる。
バー『密華』の店主・妙子は、昔は美しかったのだろうに、すっかり肥えて、カウンター越しにでっぷりと構えていた。
「良いじゃないか、霊験あらかただよ。欲しかったら百万円で売ってあげる♡」
いらねぇよぉ! と叫ぶ客にしれっと酒を継ぎ足し、相手をしていると、最近入った新人のホステスがヒソヒソと、
「…何なんですか? あの水晶玉」
こっそりと訊かれてベテランホステスが、
「ああ、妙子ママ、昔霊能力者やってて、お祓いとか出来たんだって。でも、霊能力無くなっちゃったらしくて、水晶玉はその頃の名残り」
お店の名前も、その頃の源氏名だと言う。
ふぅん、と言う新人ホステスだったが、
「あ! 私、霊能とかじゃないけど、手相とか見るの割と得意ですよぉ!」
おや、と妙子ママが反応する。
バー『密華』に、新たな名物が誕生する瞬間だった。
◇ ◇ ◇
「―――ねぇねぇ、すんごい前に派遣で来てた日渡さん、覚えてる?」
とあるオフィスの給湯室で、女子社員達が噂話をしている。
「えぇ? 何年前の話ですかぁ?」
お茶を淹れながら若い女子社員が訊くと、
「アンタが知るわけないくらい昔よぉ、伊川部長が課長だった頃―――」
かくかくしかじか、と当時の話をかいつまんで説明し、
「―――で、その日渡さん、結婚したんだって。それも相手は、スッゴイ実業家らしいよぉ」
え!? と驚く女子社員達。元々努力家だった日渡は、派遣で働きながら、努力して秘書検定1級を取得し、秘書として派遣された先の社長に見初められたそうだ。
「へぇ…。そーいえば派遣期間終わる頃は、憑き物が落ちたみたいな感じしてたよねー」
「ああ、そんな気もするぅ…、って、そーいえば伊川部長、今日お休みだっけ?」
「そうそう、毎年恒例の『お花見』するとかで…」
そう聞いて、若い女子社員が、
「えぇ? 平日にわざわざお休み取って、ですかぁ?」
するとお局様達が、
「だぁって! その『お花見』、あの宝来家主催よ! 日本屈指の財閥の!」
え!? と驚く女子社員に、別のお局様が、
「ホームパーティーみたいなもん、って言ってたけど、それでも宝来家だもん。…きっと、すんごい気がするぅ」
「えー…、伊川部長って、一体何者なんですかぁ?」
若い女子社員の素朴な疑問だったが、お局様達にも部長と宝来家の関係は、よく分からなかったようだ…。