25-1 12年後・その1
―――2036年某日。
「…やれやれ。これでおしまいですか?」
壁や天井が広く豪奢だが、パソコンや書類、棚には資料などが整然と並ぶその部屋の広い机で、数十枚の写真を念写し、さらに数十枚の写真から千里眼で、写っている人物の居場所などを特定した久吾。
久吾の前に座っている眼光鋭い初老の男は、KhoSheKh・Irgunの総帥・イグナートだ。
「ああ、助かったよ、久吾さん」
久吾はイグナートからの連絡を受け、どうしても組織で対処出来なかった案件に協力していた。
No.56がいなくなった後、久吾が「私に出来ることなら協力しますよ」と言うと、イグナートは「おお!」と喜び、惜しみなく協力してもらっていた。
それでも頻度は年に1〜2回程度だ。
イグナートはあの時飛空船にいた、ギルが連れていた子供達を始め、キーラやオリヴィアのことも請負ってくれたので、久吾も有り難いと思いながら協力している。
「いえいえ。…ああ、これ、お土産。日本…、沖縄の泡盛。イグナートさん好みの、アルコール度数高めのヤツです」
そう言いながら、久吾は丸っこい酒瓶をイグナートに渡す。
「おお! すまないな、仕事してもらった上に、土産まで」
「いえいえ、あなたが持たせて下さったカードで買ってるだけですから」
久吾がそう言うと、イグナートは苦笑しながら、
「そうは言うが、久吾さんほとんど使ってねぇだろ。買ってるモノもお土産とか、そんなんばっかりで…」
「まぁ、私の使い道、それくらいしか無いですからね」
そんな話をしていると、一人の少年が部屋に入ってきた。
「―――ボス、こっちの作業終わったから………! わ! 久吾さん、こんにちは!」
「おや、コルトンさん。お久しぶりです」
少年・コルトンは、まだ若いが優秀なハッカーだ。最近はイグナートの側で仕事をすることが増え、ほぼこちらに詰めている。
「セオドアさんは? また無茶してませんか?」
久吾が訊くとコルトンは、
「兄さんは別件の仕事で、俺も一ヶ月くらい会ってないですよ。それよりも…」
コルトンは急に険しい表情になり、自分のスマホを取り出して、
「………リタのヤツ、またアイツとデートか? まだ12才のクセに、生意気な…」
リタはコルトンの妹だ。イグナートはニヤニヤと笑いながら、
「ったく…、コル、お前のシスコンもかなりキテるな。妹の行動を、そうやってGPSで追っかけてたら嫌われるぞ」
コルトンは、ぷぅ、とむくれたが、イグナートはそれを笑い飛ばし、
「それよりディーノは、まだエマにプロポーズしてねぇのかよ。何年経つんだ」
エマはコルトン達の母親だ。ディーノは昔、たまたまコルトン達の家の隣に住んで、組織のために諜報活動をしていた男だ。色々あって、今はほとんどエマの内縁の夫状態になっている。
「そーなんですよ! あの人、俺達に急かされても『リタがパパって呼んでくれるまで』とか何とか言ってて…」
「あ」
久吾がいきなり話を遮った。イグナートもコルトンも驚いたが、
「…ディーノさん、今、プロポーズされてますよ」
何となく千里眼でディーノの様子を伺ってみた久吾の言葉に、二人はさらに驚いた。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃい…、…あ! 久吾さん!」
久吾が次に向かったのは、ルネの店・大衆食堂『南極』だ。
「こんにちは、ルネさん」
久吾は時々こちらに寄っては、お土産用に料理や新作のデザートなどを見繕ってもらっている。
デザート担当・ポーラは、ルネの妻だ。
今日もお土産用に、お菓子やおつまみを用意してもらい、
「いつもすみませんねぇ、お忙しいのに」
「いえいえ、久吾さんはお得意様ですから。これから皆さんと会うんですか?」
大きな箱を三つと、小さな箱を一つ用意しながらルネが言うと、久吾はそれを受け取りながら、
「そうですね。日本も桜の季節になったので、こちらは毎年恒例のものです。ここのお料理、皆さん喜んで下さるので」
大きな箱の方を見ながらそう言うと、ルネは嬉しそうに、
「そう言って頂けると嬉しいです。あのお二人のメニューも、ちゃんと入ってますからね。皆さんにもよろしくお伝え下さい」
久吾は、はい、と返事をし、例のカードで支払いを済ませ、店を出た。
◇ ◇ ◇
「―――う〜ん、美味しい♡」
そう言ってタルトやマカロンなどを頬張っているのは、女神・セルリナ。
大きい箱を一旦自宅に保管し、久吾は小さい箱を持って、セルリナのところへやって来た。
「貴女、地球で起こることは全部分かるはずでしょうに…」
くるくると嬉しそうに回るおようの魂を掌に乗せながら、久吾はそうボヤくが、セルリナは口の中のデザートを飲み込んでから、
「…何度も言ってるけど、同期して感じるのと、こうやって実際に味わうのとでは、やっぱり違うんだってば。いいじゃない、別に」
そう言って、久吾が持ってきた携帯ポットで紅茶を飲む。
「………」
「あなただって、その子と会えるんだもの。それに、これを作ったあの子達のお店にも私の加護が付与されるし、私も美味しいもの味わえるし、良いことしかないわよ」
そう言って、箱から最後のカヌレを取り出しパクついている。
女神の加護のお陰か、ルネの店は賑わって繁盛しているのに、問題を起こしそうなおかしな客は来ないし、スタッフ同士も非常に和やかで、居心地の良い空間になっていた。
「…まぁ、そういうことにしておきましょう。では、私はそろそろ戻ります。…おようさん、また来ますからね」
くるくると回るおように笑いかけ、持ってきた箱やポットを回収すると、セルリナは「ごちそうさま」と言いながら、久吾を結界の外へと送り出す。
―――途中、ハイドやシーク達に挨拶しながら深淵部を抜け、そのまま透明の球体ごと久吾は瞬間移動する。
自宅に戻った久吾は、自分のスマホを見ながら返信をした。
「………さて」