5-1 ある男の回顧録
―――二十数年前。
一人の少年がオートバイで走行中に、三人のバイクに乗った少年に鉄パイプで暴行を受け、死亡した。
その少年は数日前に、とある先輩からヘルメットをもらっていた。
「お! お前、同じCBR250RRじゃん」
「うわ、先輩もっすか? へへ、知り合いの店で、安く売ってもらったんすよ」
「へー、そっか…。お前のメット、シンプルだなぁ…、コレ、やるよ」
「え!? えー…、あ、あざっす」
「…何だよ、文句あんのか?」
「い、いや〜、センスキレてるっすね、アハハ…」
「…ちゃんとそれ被って走れよ。分かったな」
「…うす」
言う通りにしたら、殺されてしまった。
先輩は以前から、とある暴走族のメンバーと揉めていた。
《爆走道化師》―――犯人達は捕まり、チームから除名された。
◇ ◇ ◇
先輩・佐藤はその後、《爆走道化師》と対立していたチームの総長を敬うようになる。
《狂気王》12代目総長・溝口辰哉。
既に暴力団・坂口組の幹部候補となっているこの男に、佐藤は一生ついていくと決めた。
◇ ◇ ◇
―――しかし《爆走道化師》の残党が、辰哉を襲った。
「あ、兄貴に何てことしやがんだ!」
そう文句を言っていたら、その兄貴から命令が下った。
「…お前、こいつらと一緒に、アイツらを始末してこい」
え? と思っていたら、下っ端の組員と共に、辰哉を襲った残党を捕らえ、散々痛めつけて、殺していた。
「………オレ、人を…、人殺しに………」
「…今更何言ってんだ、お前。ココはこういう世界だろ」
組員達にそう言われながら、ドラム缶に死体を入れ、コンクリートを流し込み、海に沈めた。
「………うん、まあ、仕方ねぇな…」
◇ ◇ ◇
その後、辰哉は寄ってくる女達にあたるようになる。
「…これで何人目だ? キレイな娘だったのに、勿体ねえなぁ…。顔ボッコボコじゃん」
佐藤は傷ついた女達を、こっそり病院へ運ぶ。
「…この間兄貴が拾った、掴みどころのねぇ女…。あいつだけ、殴られてねぇのな…。お気に入り、なのかな?」
―――しかし、辰哉が組長の娘と結婚するらしい。
「…あの、みゆきって女、捨てられちまったなぁ…。…まぁ、どうでもいいか」
◇ ◇ ◇
―――兄貴が急に、金が必要だと言い出した。
「金ぇ? オレも無いっす。…あ! そーいやこの間、あのみゆきって女が赤ん坊抱いて歩いてるの、見たんすけど…」
案内しろ、と言われた。兄貴は女のアパートに入っていった。
…しばらくすると、女のダンナらしき男が、赤ん坊を抱いて出ていった。
兄貴はオレに、見張り役を命じた。
「…ダンナ追い出して、兄貴もひでぇな。人妻になった女に…、あ! もしかして、あの赤ん坊…、兄貴の子か!?」
だから嬉しそうなのか、と思った。
………明け方、あのダンナが戻ってきた。
兄貴が出てきて、オレに金を渡した。
「預かっとけ」
…ん? さ、札束!? 五百万!? すげー…。
あのダンナ、借金してきたんかな…。とりあえず、兄貴が来るまで隠しておこう。
◇ ◇ ◇
―――それきり、兄貴からの連絡が無い。
どうなってるんだ? 一度、組に戻るか…。
「…ん? 葬式? ………!? 姐さん!? 何で!?」
幹部のお偉いさんがいる。こっちを見て、
「おい、お前。辰哉の使いっ走りだろ。よく顔出せたな」
「い、いや! これってどういうことスか!? 何で姐さんが………」
「…ああ、何だお前、何にも聞いてねえんだな。…辰哉の野郎、加奈さんに『種無し』って責められた腹いせに、加奈さんボコって殺して逃げたんだよ」
「…う、嘘だ! そんな訳………」
「…そういやお前、辰哉からあんま信用されてなかったっぽいからな。使えねえとか、陰で言われてたぞ。…仕方ねえ、これからは俺が使ってやるよ」
「そんな…、そんな………」
◇ ◇ ◇
―――あれから15年。相変わらず兄貴からの連絡はない。坂口組は、組長が死んじまったから今日で解散だ。
「…お前、煌和会に行くんだろ? 佐藤も連れてくのか?」
「…いや、ムリだろ。アイツ、本当に使えなかったからなぁ。一応カタギになれって言っといた」
………チクショウ。今更カタギなんて、冗談じゃねえ。元はと言えば、全部兄貴…、溝口辰哉のせいじゃねーか。ふざけんな。
辰哉…、アイツから預かった五百万は、だいぶ使っちまったけど、まだ残ってる。アレを元手に闇バイトを募ろう。
辰哉のヤローは何処へ行ったのか、サッパリ分からねえ。
………仕方ねえ。この恨みは、辰哉のガキ、あのみゆきって女が産んだ、あのガキで代わりに晴らさせてもらおう。それぐらいしなきゃ、腹の虫がおさまらねぇ! 見てろ! あのガキ、辰哉の代わりに殺してやる!