24-4 約束
「………? 皆さん? …ミカエル! ガブリエル!」
久吾が辿り着いたオリハルコン地点は、海上であったはずが不思議なことに、真っ白な空間となっていた。
誰もいない空間で、砕け散ったはずのオリハルコンが、ゆっくりと、静かに崩れ去ろうとしている。
久吾が不思議に思っていると、
((―――名奈久吾))
((! セルリナ様、ですか!?))
女神からの精神感応が、久吾に送られてきた。
((…今だけ、ほんの少しだけ、時間をあげる。元型界の皆と、最期のお別れよ―――))
最期の、お別れ…。
久吾が訝しんでいると、オリハルコンの向こうに幾つもの人影が見えた。
「―――よぉ、久吾」
「え………」
最初に話しかけてきたのは、ハチだった。
「は、ハチさん? …! 美奈さんも!?」
ハチの後ろから、美奈の姿も見えた。
更に後ろには、ミスターを始め何人もの複製達と大天使達、そして、その大天使の分身である子供達。更に後方には、《0》の姿も見える。
「「ななさん!」」
ずっと一緒に暮らしてきたミカエルとガブリエルが走り寄ってきて、久吾の懐に飛び込んだ。久吾は思わず抱き止めながら、
「ミカエル、ガブリエル…。もしかして…」
二人は久吾の胸の中に、ぴったりと張り付きながら、
「………うん、ごめんね。ボク達、もう、元型界に行かなきゃ…」
そう言って涙ぐむミカエルとガブリエルを、久吾が、ぎゅっ、と抱きしめる。
ふと見ると、ミスターのそばにはウリエルとラファエルが寄り添っていた。
「………そうですか。寂しくなります」
久吾は二人の頭を撫でながら、そう言った。
…そうしていると、複製達の後ろからマルグリットが進み出て、
「久吾さん、工房のみんなによろしく言っておいてね。イルゼ達には、私がいなくなった後のこと、前々から言ってあるから」
すると、次はアーサーが、
「久吾さん、私もシモンズ家とは、私がいなくなった後のことを決めてあります。ライアン達に、よろしく言っておいて下さい」
更に、両脇にヴァレリーと李を従えたNo.56が、
「《最後の番号》、飛空船に『イグナート』って奴がいる。今後、KhoSheKh・Irgunは、そいつに任せる。伝えておいてくれるか?」
「皆さん…」
久吾は三人を見ながら頷く。しかしその次に、
「あ! 待って! 《最後の番号》! 厨房の棚にある私の荷物、中に秘伝のレシピ帳あるから、ルネに渡しといてくれる?」
「あ! ズルい! 俺のも! おんなじトコに俺の荷物とレシピ帳! 悪ぃけど、それもルネに渡しといてくれよ! …あと、店出す約束、守れなくてゴメン、って謝っといて!」
シェリルとダリオだ。久吾は、分かりました、と返事をする。
が、今度はギルが、
「…《最後の番号》、すまないが、俺と一緒にいた子供達を…」
そう言いかけると、No.56が割って入り、
「あの子供達も、K・Iで引き継いでやるよ。そのこともイグナートに言っといてくれ」
久吾が、はい、と返事をすると、今度はスミスが話しかけてきた。
「すみません、久吾さん。飛空船にいるスタッフの方々にも、よろしくとお伝え下さい。それから、ファリダさんなんですが…」
どうやらファリダの知識は、スミスがいなくなった後のスタッフ達に必要かも知れない、と言う。
「もちろんファリダさんの意向もありますから…。一応声をかけてみて下さい」
久吾が頷くと、次にピエールが、
「久吾さん、リュシーのことなんだけど…、僕がいなくなったら、リュシーは…」
一人になってしまう、と言う。盲目のリュシーがピエールを失ってしまった後のことを考えると、心配でたまらないそうなのだが、
「…困りましたね。私ももう、霊薬の精製は…」
すると、《5》が現れ、
「《最後の番号》、それなら…」
そう言いながら《5》が、久吾の手を取る。自分の額を近づけ、祈るように能力を発動する。
「………良かった、《4》から引き継いだ能力、無事に譲渡出来たわ。有効に使いなさい。それから、キーラとオリヴィアによろしくね」
え、と驚く久吾だったが、これにピエールが喜び、
「ああ、《5》様! ありがとうございます!」
《5》の手を握り、感極まって感謝の意を述べていたが、《5》は何故かピエールを冷めた目で見ていた。
「…では、リュシーさんの目は、治して差し上げて良いですかね?」
「ええ、お願いします」
久吾はピエールに、必ず、と約束する。
「…久吾」
美奈だ。久吾は嬉しそうに、
「美奈さん…、まさかお会い出来るとは思いませんでしたよ」
美奈は、フフ、と笑って、
「そうね。…それよりあなた、千里眼、ちっとも使いこなせてないじゃない」
怒られてしまった。しかし久吾は、
「…たぶん、これからは大丈夫です。女神様に調整して頂きましたから」
そう聞いて美奈は頷き、微笑みながら、
「ええ。…それじゃあ、大弥達によろしくね」
はい、と久吾が返事をする。
…最後に、ミスターとハチが、久吾に言葉をかける。
「…君の点てるお茶を、もう飲めなくなるのだな。寂しいことだが、仕方ない。ひとつ、お願いがあるのだが…」
ミスターの言葉に久吾が、何でしょう? と訊くと、
「私の家に、魔法研究室がある。たまに覗いて、私の代わりに研鑽してくれると嬉しい。私が培った魔法は《5》のように譲渡出来ない。学ぶことで得られるものだからな」
分からないことは、ハイドとシークを通じて訊くように、とのことだ。久吾は、分かりました、と言う。
そして―――
「久吾」
ハチだ。
「…前に、お前に言ったよな。お前は『日本から出たことが無い』って…」
久吾が頷くと、ハチは笑って、
「だからよ、お前、これからは『世界』を見て来いよ」
「世界…、ですか?」
ハチは、にっこりと頷きながら、
「ああ、日本中を旅したみてぇに、今度は世界中を回るといい。時間はたっぷりあるだろう?」
「…ええ。分かりました」
久吾も笑顔で答えた。
…段々と、皆の姿が薄らいでいく。久吾は思わず、
「………私一人になってしまいますね」
そう呟くと、ハチが苦笑しながら、
「そう言うなよ。お前の周りには、今まで築いてきた『縁』が、ちゃんとあるんだからよ」
ふと気付けば、穏やかに笑う《0》の周りに、《2》、《3》、《4》、《6》、《7》、《9》の姿も見える。
更には、ミャマやマイシャ、ダス他、久吾が会ったことのない複製達の姿も。魂が形成された者は皆、元型界に還っていたようだ。
―――皆が、行ってしまう。
久吾はふと思い出し、ハイドとシークだったテディベアと、飛空船にいる間にマルグリットが修復してくれた、めぇ、もっちー、もつこのぬいぐるみを物質転送で引き寄せた。
「ミカエル、ガブリエル…、これを…」
ミカエル達の顔が嬉しそうに、ぱあっと輝く。二人はぬいぐるみ達を受け取り、元型界へと向かおうとするが、再び久吾の元へ走り寄り、ガブリエルがめぇのぬいぐるみを久吾に渡した。
「ななさん、めぇちゃんはやっぱり、風月ちゃんに渡してあげて」
久吾は頷きながら、めぇを受け取った。
そしてミカエルは、少しもじもじとしながら、
「あ…、あのね、ななさん…」
「?」
ミカエルは恥ずかしそうに、
「…ボクね、生まれ変われたら、ななさんの、ホントの子供になりたいんだ。………いいかな?」
そう聞いて、久吾は嬉しそうに、
「もちろんです。…いつか、本当の親子になりましょう」
久吾の言葉に、ミカエルも嬉しそうに、
「うん! 約束だよ!」
ミカエルとガブリエルが、ぬいぐるみ達を抱えたまま久吾に手を振った。そのまま、元型界へと向かって行く。
皆の姿が、光の中へと消えていった。
オリハルコンは、光が消えていくと同時に塵となり、すっかり消えてしまった後には、凪いだ海が姿を現した。
―――刻が、動き出した。
久吾は、飛空船へと瞬間移動していった。
次、最後の幕間です。