24-3 最後の更新
『…まさかここまで、地球の生命力が落ちていたとは…』
オリハルコンの向こうで、ミカエルの本体が言う。
飛空船の中から儀式を見ていたノアの複製達と人間達が、俄にざわつき始めた。ミスターが、
「…不味いな。龍脈の弱まりを感じてはいたが…」
「え? どういうこと?」
「龍脈って?」
人間達が不安の声を上げる。ミスターは、
「龍脈は、大地を流れる『気』…、自然のエネルギー、引いては地球全体のエネルギーの流れだ。それが昨今、弱まっていた…」
「それは…、もしかして、最近の異常気象なども影響して…?」
月岡がそう言うと、その言葉にミスターが頷き、
「そうだな。君達人間の間でも深刻な問題になっていたと思うが…。地上の温暖化、砂漠化、異常気象…。人間達は文明を発展させていく一方で、この地球の生命を削っていったからな」
ゴクリ、と人間達が息を呑む。ミスターは続けて、
「今行われている天使達の『儀式』は、恐らく二千年前の地球の状態を想定したものだ。エネルギー量が足りぬ。…せめてもう少し、植物の力があれば…」
すると、ふいにミスターへ精神感応が届く。
「…!? 久吾か!?」
◇ ◇ ◇
「―――どうやら、地球のエネルギー量が足りていない様ですね。植物の力が足りない、と…」
宇宙空間から千里眼で地上に意識を飛ばし、飛空船内の様子を把握した久吾がそう言うと、隣にいた《2》が、
「………No.93。奴の亡骸はどうした?」
あ、と久吾が気付きながら答え、
「飛空船内で、ハチさんと並んでますね」
それを聞いて《2》は、
「それをこちらに引き寄せろ。貴様なら出来るだろう?」
久吾は、分かりました、と返事をし、ミスターに精神感応を送って、
((―――ミスター! マイシャさんのご遺体、お借りしますよ!))
ミスターの「久吾か!?」という返事に、久吾が、ええ、とだけ答えると、すかさず《5》の情報共有が久吾達のいる宇宙空間まで拡げられた。
((! 《2》!? あなた達、一緒にいるの!?))
ノアの複製達が驚いている中、二人はそれに答えず、久吾がひとまずマイシャの遺体を、自分の手元に物質転送させた。
「「!?」」
情報を共有していることで、複製達は何が起きているのか把握出来る。
《2》はマイシャの遺体を久吾から受け取りながら、
「…情報チップは生きているな。では、更新をさせてもらうぞ」
「良いんですか?」
久吾が訊くと、《2》は、
「貴様は既に我等とは違うのだろう? 本来更新は、《一桁》のみが行える行為…。私がこやつの『草木を操る能力』を引き継ぎ、一時的にでも植物達を最大限繁殖させるのが、今出来る最良の策だ」
言いながらマイシャの情報チップを引き抜き、情報を読み取る。チップが、フッ、と消え、解析を終了すると、《2》は目下の地球へと急降下を始めた。
「《2》さん………」
自分を見送る久吾に、《2》は一瞬振り返り一瞥する。しかしすぐにその身を地上へと向かわせながら、能力を発動する。
「「!」」
一瞬で、巻き戻った地上…、水量が減少し、顕になった世界中の砂漠という砂漠に、緑が萌える。
元々の《2》の能力に、今は《7》の能力も付加されている。草木を操る能力も、《2》とマイシャでは下地が違う。マイシャが如何に特殊変異型と言えど、《2》の比ではない。
地球上全ての砂漠は、瑞々しい植物の大地へと変貌していった。
「…今、この時だけだ。儀式が終われば、この緑の大地も幻となる。………それでも、充分だろう」
能力を発動しながら、その身を白金のもやの中へと投じた《2》の身体は、段々と蝕まれていく。
―――途中、ミカエルと目が合う。
ミカエルは指揮を振りつつ、消えゆく《2》を見守りながら静かに微笑む。
((………ありがとう、《2》))
ミカエルの精神感応を受け、《2》も静かに微笑んだ。
「………《1》、皆も…、先に、逝かせてもらう。…どのみち儀式が終われば、皆………」
そのまま、《2》の身体は消滅した…。
―――儀式は続く。
ラファエルの奏でる音が、ウリエルの舞が、ガブリエルの唄が、ミカエルの指揮により、最高潮のフィナーレを迎える。
『誕生』、地球再誕の宴。
刻が、その瞬間まで戻り切った。
地球を埋め尽くした白金のもやは、静かに消えていく。
ずっと天使達の本体の力を繋げ続けていたオリハルコンは、既に全体に亀裂を走らせていた。
「………やっ、たぁ…」
ミカエルも、ガブリエル、ウリエル、ラファエルも、子供の姿に戻った。
海上にあった船は、時間の巻き戻りによって全て消滅している。
凪いだ海は静かで、時折白い波を立たせていた。
陸地が見える。もう、世界中の水量も元通りだ。
…ただ違っているのは、上空に浮かぶ巨大なアザラシの姿をした飛空船と、その真下…、海上に浮かぶオリハルコン。
『………よくやったぞ、我が分身達よ』
そうミカエルの本体の声が、オリハルコンから聞こえた瞬間、パキ、パキ、と音がした。
「………あ」
満身創痍ながら、二枚の羽で海上に羽ばたく分身の天使達が見守る中、オリハルコンは、パキイィィー…ン! と音を立て、砕け散った。
「「―――!」」
瞬間、ノアの複製達と天使達以外の時間が止まる。
「! 皆さん!」
久吾も動くことが出来た。
すぐに久吾は、砕けたオリハルコンの傍へと瞬間移動していった。