24-1 遡行の儀
「No.56よ。我々は飛空船に戻るぞ。彼等の『儀式』が発動すれば、我々は恐らくこの場で吸収されてしまう」
ガブリエルの唄が始まってすぐに、ミスターが言う。No.56は頷きながら裕人を抱えて、ミスターと共に飛空船へと瞬間移動した。
◇ ◇ ◇
―――ガブリエルが歌う。
それと同時に、四人の姿が少しずつ変化する。
四人は、オリハルコンの中に浮かぶ映像と同じ、美しい姿へと変貌していく。
その背の翼が枝分かれしていき、四人の各々の双肩の翼が、二枚から六枚に増えた。
それぞれの背が伸び、髪が伸びていく。
ガブリエルの歌声が周囲に響き渡る。
ただ、その唄の内容は、先日のショーの時のような、人間に理解出来るものではなかった。
その言葉が何を意味するのか、人間にも、久吾達ノアの複製にも分からない。
あの、裕人の事件の際に、ガブリエルが久吾の結界の中で行った再生の儀と同様の、古い、古い唄。神々のみぞ知る言葉―――
…変貌を遂げた天使達が、次のフェーズへと移る。
まずは、ラファエル。
その姿が幾重にも重なり、分身が増えていく。
ラファエルの分身が、数千、数万、と増え、一瞬で地球上各地に配置されていく。
これと同様のことを、ウリエルも行う。
その姿を増やし、ラファエルと同様ウリエルの分身も、地球上各地に配置した。
生み出されたラファエルの分身が、海を、風を、それから水没を免れた樹木達を操る。
それらが擦れ合い、『音』が生まれる。地球上の自然全てが、ラファエルにとっての『楽器』となる。
数万体のウリエルも、六枚の翼をはためかせながら翻る。
海上を舞いながら、水面でステップを踏む。
水面に出来た、幾重にも重なる波紋から『音』が生まれた。
ウリエルが翻り、軟風から更に『音』が生まれる。
それらは、ラファエルが奏でる音と調和する。
長い黒髪を靡かせたミカエルが、暗くなった空に浮かび上がる。
いつの間にか、空には大きな月。
月を背に、ミカエルは六枚の翼を広げ、指揮棒を振る。
それを合図に、月から光が溢れる。
キラキラと、まるで煌めく星のような光が地上に降り注ぐと、それが音となり、天使達の奏でる音と調和する。
調和し合う音に、ガブリエルの唄が重なる。
四人の天使達の生み出す音が『邂逅』し、音楽として完成されていく。
その音楽に、ミカエルの指揮と、ウリエルの舞が、『音』と共に『躍動』し、重なっていく。
―――夜空から、場面が変化する。
太陽が、ゆっくりと昇ってくる。辺りが橙色に染まる。
…だが不思議なことに、太陽は西の方角から昇っている。
『黄昏』…、刻が巻き戻っているのだ。
段々と上昇し、まるで琥珀のように煌めく太陽の光を浴びながら、ミカエルの、ガブリエルの姿も煌めく。
白金のもやが、天使達から立ち昇る。もやは段々と輝き、キラキラと、ラファエルとウリエルの分身も含めた天使達の周りを渦巻いていく。
ラファエル達の奏でる曲が、まるで太陽を押し上げるように勢いを増す。
曲に合わせ、数万のウリエル達が空中を翻る。
ガブリエルの声が、ウリエルの舞が、ラファエルの演奏が、ミカエルの指揮棒により、輝きを強めていく。
白金のもやが…、天使達の魂の色が、地球を包み始めた―――
◇ ◇ ◇
「………美しいな」
宇宙空間に投げ出された《2》が、目下で天使の魂色に包み込まれていく地球を見ながら呟いた。
「ええ」
久吾も思わず頷いた。《2》は先程までの闘いも忘れ、天使達の演舞…、『祈り』に魅入っていた。
「…《最後の番号》、貴様は私と、同じものを見ていたのか?」
久吾は少し考えながら、
「人間達の、魂の色、ということでしたら、そうですね。私以外に、それが視える者がいるとは思いませんでしたが…」
そう聞いて《2》は、
「あれが視えていたのに、…あのように汚れた人間達が視えていたのに、何故、貴様は人間達の味方をしていたのだ?」
「あなたこそ…、まさか、全ての人間の魂の色が総じて汚れていると、そう思っているのですか?」
逆に久吾に問われ、《2》は表情を曇らせながら、
「…人間のあれは、例え一時美しかったとしても、すぐに汚れていく…。貴様とて、それを見てきたのではないのか?」
「ええ」
即答する久吾に、《2》は少し驚き、
「なれば…!」
だが久吾は、さして動揺もせず、
「先程、あの少年が言っていたこと、覚えていらっしゃいますか?」
《2》は、ああ、と言いながら、
「………あんなものは、上辺だけの良識…、夢物語だ。あの子供の魂が多少輝いたとしても、今ここに繰り広げられている、本物の『神』の魂の輝きにはほど遠い…。貴様、まさかあの子供の言うことを全面的に支持する、などと馬鹿げたことを言うのではあるまい?」
すると久吾は、
「まさか。そんな訳ありませんよ」
はっきりと否定する。
その言葉に《2》は驚き、目の前の《最後の番号》…、久吾の表情を探る。
だが、久吾は天使達の祈りの演舞を見守りながら、静かに微笑んでいた。
「ならば、一体…」
《2》の問いに、久吾はにっこりと笑う。