23-15 大天使達
「うん、久しぶり! あのね、ボク達、あなた達にお願いがあって…」
ミカエルの本体が、オリハルコンの中から穏やかな笑みを浮かべて、
『分かっている。…名奈久吾。やはり君が『鍵』となったな。ノアの分身でありながら、『視える』者…。そして、この地球の女神に認められし者…』
え、と久吾が驚く。ミカエルの本体の隣でガブリエルの本体が、
『そう、そして、我等とほぼ同等の力を得し者となった。オリハルコンを通じて現実界と元型界を繋げる『鍵』にも…。でも…』
更にラファエルの本体が、
『そうだな。我等が分身達…、君達の判断で、人間の中でも、我々と同じ魂を引き出せる可能性のある人間達を選別し、見事に証明して見せた。これは我々にも予想外だったぞ』
分身であるミカエル達が、嬉しそうな表情を浮かべていた。最後にウリエルの本体が、
『…それで、分身・ミカエル。我々は君達に力を貸すだけで良いのか?』
そう訊かれ、分身・ミカエルは頷きながら、
「…うん。たぶん、ボク達があなた達と同じ姿になっただけじゃ、この事態はもう収まらない…。『刻』を巻き戻すしか、ないと思う」
聞いてミカエルの本体も頷きながら、
『そうだな。だが、巻き戻せないものもある。我等の分身である君達と、現実界にて消滅し、現在元型界にいるノア、それからノアの分身達は、『遡行の儀』の対象外だ。それから…』
『ああ。ノアの分身達で築いた、現在の『方舟』となる、君達が『飛空船』と呼ぶあの船も、中にいる者達を含めて対象外となる』
ラファエルの本体が話を引き継いだ。
それを聞いて、疑問を抱いた久吾が、
「対象外…、それは、飛空船の中にいる方達は、どうなるというのですか?」
するとガブリエルの本体が、
『ああ、つまり、遡行の儀で人間達が、…そう、我等の分身達が閉じ込められる直前まで刻を戻したとしても、今この刻までの記憶が残る、ということになる』
つまり巻き戻されれば、《0》の消滅からここまでの記憶は、世界中の人間達から消し去られ、同時に死亡した人間達も、その事象は無かったことになる。
しかし、現在の『方舟』と定義付けられた飛空船は、天使達やノアの分身達と同じ扱いになり、中にいる人間達の記憶はそのまま残る、というのだ。
それを聞いて、裕人が、
「あ、あの!」
皆が驚いて裕人を見る。裕人は一瞬たじろいだが、すぐに、
「…ぼ、僕、それなら飛空船に戻っても、良いかな。…僕、忘れたくないよ。ここまでのこと…」
そしてNo.56の方を見る。No.56は笑って、
「ああ、一緒に戻ってやるよ」
そう言われて、裕人もホッとする。
―――だが、次の瞬間、ミカエルの本体が、
『…ただ、我々の力を現実界に送れば、恐らく媒介であるそのオリハルコンは消滅するだろう。それは同時に、オリハルコンと同期しているノアの分身達全員の消滅ともなる。…それでも良いか?』
え、と全員が驚く。分身・ラファエルが、
「じゃ、じゃあ、ミスターは…!」
分身・ウリエルも動揺しながら、
「まさか…、消えちゃうの!?」
するとウリエルの本体が、
『これは、仕方のないこと…。…それから、我等が分身達。君達も恐らく遡行の儀を行えば、その身体は持ち堪えられない。…遡行の儀とは、君達が演じることの出来る全ての演目の集大成…、君達の全てを放出するのだ。…なれば現実界を離れ、元型界に来ることになる。既に唯一神の許しも得ているが、…それでも良いか?』
「え………」
そう言われ、ミカエル達が躊躇する。
が、ミスターがラファエルとウリエルの肩に手を置きながら、静かに微笑んで、
「…私は、君達の為すがままに任せるよ。せっかくこうして、大天使の方々を呼び出したのだ。…それに、我々もずいぶんと長くこの世に留まった。誰も異を唱える者などおらぬよ」
甲板での模様は、現在飛空船内部でも中継されている。
ノアの複製達も、彼等に関わった人間達も、皆で中継を見ていた。
長い間、自分達を慈しんでくれた存在が消える…。
人間達にとっては少し躊躇する話だが、船の中にいる複製達は皆納得しているようで、誰もが静かに頷いていた。
―――だが。
「………異を唱える者などおらぬ、だと!? ふざけるな!!」
複製の内、ただ一人、《2》だけが反論の意を示した。
「《0》もいなくなり、ようやく醜く汚れた人間共を排除出来るというのに! …これまでずっと、耐え難き醜い光景を耐えてきたというのに! 何故貴様らは、そこまで人間を擁護する! 何故、全てを元に戻し、人間達を、何事も無かったことにしてやろう、などと思えるのだ!」
《2》の怒りによって、海が逆巻き始めた。
波が大きくうねり、クジラに乗った人間達が怯えて叫び出す。ラファエルの支えがなければ、全員海に落ちているところだ。
《2》の全身が、雷に包まれる。
「む…!」
ミスターやNo.56が身構えるが―――
パチン。
指を軽く弾く音が微かに響いた。その瞬間、《2》と、久吾の姿が消えた。
「…! ななさん!」
ミカエルが叫ぶ。が、返事はない。
久吾は《2》を、闇の冥界へと誘っていた。