4-5 楽しい日々
「懐かしいですメ。おばあさまとよくテレビを見てましたメ。ヒバリさんのお歌とコーモン様が好きでしたメよ」
ぬいぐるみとしてちとせと過ごした日々を、めぇが懐かしんでいる。
めぇ自身は気付いたらぬいぐるみだったので、真太郎だった時の記憶がないのだ。
すると、きゅっと風月がめぇを抱きしめた。涙ぐんでいる。
「…大変だったんだね、めぇチャン…」
めぇはちょっとびっくりしたが、ニッコリ笑って
「でも、今とっても楽しいですメよ。羽亜人さんっていう、旦那様のお姉様の下僕さんとお買物に行ったり、ふーちゃんとお家のことしたり、充実してますメ」
それを聞いて風月も微笑む。そしてちょっと疑問に思って訊いてみた。
「でも聞いたことないですね、名月院堂なんて。昔あったんですか?」
「ちとせさんが亡くなってから立ち行かなくなって、大鳳屋に吸収合併されたみたいですね。娘婿さんの後妻が、少し問題のある方だったみたいですよ」
久吾も知らないことだが、赤ん坊だっためぇの前身・真太郎をうつぶせに置いたのは、当時娘婿の秘書をしていた後妻である。
真太郎が必死に息苦しさから逃げようとした際、魂だけがぬいぐるみに入り込んだようであるが、そのまま誰にも気付かれずにぬいぐるみが処分されれば、どのみち魂は消えてしまっていただろう。
本当にこれで良かったのかは分からないが、ちとせに頼まれてしまった以上は応えなければ、と今に至っている。
話を聞きながら「メェ…」と声を出すめぇに、風月が
「めぇチャンの『メ』って言うのカワイイねぇ」
と目尻を下げて言うと、
「メ! これは勝手に出ちゃうメ! 恥ずかしいメ〜!」
めぇはジタバタと恥ずかしがっている。
「あー…、何年か前のメンテナンスの時に、ハチさんがイタズラしたんですよねぇ…」
以前のめぇは普通に話していたが、ハチが何かに影響されたらしく、『日本語なら語尾は大事だろ』と言って追加機能を入れていた。久吾にはよく分からない。
「それにしても、戦後復興の頃ですかぁ…、…?」
ふと、風月があれ? と何かに気付いた。めぇに気を取られて何気なく聞いていたが、何かおかしい。
「…ちょっと待って、…ちょっと聞いてもいい? めぇチャンが生まれたのって何年前?」
言われてめぇが一生懸命考える。
「えーと………、おばあさまと一緒にいたのが昭和30年くらいメかな??? …よく覚えてないメ」
「え………? え!? え!?」
どうやら風月が気付いたらしく、久吾とめぇを視線を行ったり来たりさせながら顔を青くしていく。
すると、久吾が人差し指を口元に当てて、
「…内緒の話ということで。誰にも言わないで頂けると助かります」
にこりと笑ってそう言った。
それを見たら、風月は何だか肩の力が抜けた気がした。不思議ではあるが、何となく納得も出来たのだ。
「…あ、アハハ、分かりました」
―――結局風月は一日お茶を飲みながら、あれこれ話をしつつ、めぇを堪能した。
久吾と話をするうちに、懐疑的な印象は消えていて、帰る道すがら、
(…何だか、死んだおじいちゃん思い出しちゃったなぁ…)
などと思いながら歩いていた。
連絡先の名刺をもらい、いつでも行くことが出来るようになった。
後日、倉橋と二人でしか通じないような話をして、仲間外れになった月岡に、ちょっぴり睨まれた気がした。
『ハチ』の名を聞いて「うっかりさんですか?」と言っためぇは、後に海外放送で印籠で全てを解決するあの時代劇を見たハチさんにイタズラされました。
ここまでほぼ人物紹介です。