23-10 天使達の思惑
「………コル…」
震える弟を見て、兄の方も少し冷静になり、弟の名を呼びながら、
「…コル、ごめん。…ごめんよ。兄ちゃんがお前を守んなきゃいけなかったのに…」
そう二人で抱き合いながら、一緒に泣き出した。
「……………」
―――《2》の目には、兄を取り巻いていた闇色のもやが解けていく様が見える。弟を取り巻く赤みがかった金糸雀色の、勇気の魂の色が、銀の飛沫を散らしながら輝くのも同時に見えた。
「…やれやれ。おい、お前達」
泣いている兄弟に話しかけたのは、ラファエルだ。
「!? …え!? て、天使!?」
兄弟が驚いているが、ラファエルは構わず、
「お前達、一緒に来い。…そうだな、ガブリエル、よろしく頼む」
するとガブリエルが頷き、歌い出す。
「―――♪ ―――♪」
「?」
…兄弟が不思議に思っていると、海上が俄に盛り上がる。ズザザ…、と波が立ち、巨大な何かが浮上してきた。
「!! わ! ク、クジラ!?」
ガブリエルの歌声に引き寄せられ、巨大なシロナガスクジラが船の側にやって来た。浮上の勢いで、船が大きく揺れる。ラファエルは兄弟に向かって、
「お前達、こいつの上に乗れ。僕達も一緒に乗って、落っこちないようにしてやる。…おい、《2》」
急に呼ばれて、《2》が訝しんでいると、ラファエルは、
「こいつらをクジラの上に乗せてやれ」
そう言われ、《2》は驚き、
「!? …何故? このような人間など…」
するとガブリエルが、
「いいから、言うこと聞きなさい!」
《2》に向かって、ビシッ! と言う。
「……………」
《2》は不本意ながら、兄弟をバリアボールに包み、ふわり、と浮き上がらせ、そのままクジラの背に兄弟を乗せた。
天使達は満足そうにその様子を見る。おもむろにウリエルが《2》に、
「…さあ、次はどの船を狙うの? それとも、船じゃなくて飛行機にする?」
「良さそうな人間がいたら、またクジラに乗せるからな。やたらと船を沈めるなよ!」
ラファエルにも釘を刺される。
《2》は、何故、と思いながらも、少し先にいる船へと移動を開始する。
クジラの上に乗る兄弟と、ラファエル・ウリエル、そして、自分の後をついてくるガブリエルを僅かに見ながら、
(………今は綺麗でも、年月が経てば…、何かきっかけがあれば、あのもやの色は変わるというのに…)
そう思いあぐねる。
―――次の船を狙う。すぐに雷を落とそうとするが、
「ダメって言ってるでしょ」
すぐ後ろでガブリエルが言う。驚く《2》だったが、ガブリエルは何故か《2》の頭に手をつきながら船の甲板を見て、
「あ! あの子! いいコっぽい気がする!」
《2》は思わずガブリエルが指差す方向を見る。一人の少女。母親と妹を気遣っているような雰囲気が見て取れる。
少女を取り巻くもやは、青緑色と白が折り重なってきらめいていた。
「……………」
《2》が黙っていると、ウリエルが飛んできて、ガブリエルと相談する。
「次はあの子?」
「うん! 良さそうでしょ? あと、もう3〜4人良さそうな人間の気配がするわよ!」
二人はニコニコしながら言う。
《2》は仕方なく、天使達の言うとおりにした。
◇ ◇ ◇
「―――結構増えたな。僕の分身、まだまだ増やせるから安心しろ」
クジラの背の上でラファエルが言う。
現在クジラは50頭を超えていた。各クジラの背に、それぞれラファエルが一人ずつ。人間は一頭につき10人前後乗っている。何故か子供が多い。
「……………」
天使達に言われるまま、《2》は仕方なく人間を船からクジラの背へと運んでいる。
天使達の言う『良さそうな人間』は皆、《2》が見ても美しいもやを取り巻いていた。
天使達に、そのもやは見えない。
だが、気配を感じているようだ。
それはまるで、天使達がノアと旅をしていた時の、『神』を救済していた頃と酷似している。
(………良い人間を残す、と言っていたな。これは、そういうことなのか?)
《2》がそう考えながら、次の船に向かう。
「! う、うわ! こっちに来た!」
その船は日本から出発した、宝来家が用意した船だ。蓮達がロビーでオロオロしている。
《2》はガブリエルに、
「この船に、あなた方の言う『良い人間』の気配は…?」
そう言われ、ガブリエルは、うーん、と考えながら、
「…ちょっと待ってね。えーと…」
《2》は人間達の魂色を視る。
自分が見える範囲に、クジラの上にいる者達のような輝きのもやの持主は見当たらない。
《2》は、ようやく、と思いながら、
「………では、この船は処分して構いませんね?」
するとガブリエルが慌てて、
「! ダメだってば! ちょっと待って…」
「…蓮―――っ!!」
突如、甲板に何者かが現れ、蓮の名を叫んだ。
陽の光が遮られたと感じて上空を見ると、アザラシの姿を模した飛空船が見える。
《2》は甲板に、自分と瓜二つの顔をした男と、一人の少年の姿を見る。少年を取り巻くもやは、真っ白に輝いていた。
それは、No.56と、裕人の姿だった。