23-9 制裁
((久吾、そちらはどうだ?))
北極から、ミスターの精神感応が届いた。久吾は落胆しながら、
((無理です。さすがに元には戻せませんよ。…そちらは?))
ミスターが、むう、と唸るのが伝わる。そもそも北極と南極では、氷の量がまるで違う。
北極の氷は全て融けてもさほど影響は無いが、南極の氷が全て融ければ海面が60メートル程上昇する、と言われている。
南極の氷も、全て融けた訳ではない。
が、現在南極は夏場。気温は低くとも巨大な塊であった氷が砕かれ、小さくなった氷から次々と融けていく。北極からミスターが、
((…今、こちらでは神器『サンポ』の能力で氷を作り、海流を抑えて頂いている。精霊…、大魔女ロウヒの加護をお借りしたが、それももう…))
聞いて久吾も神妙な面持ちになる。
…ミカエルは、相変わらずオリハルコンに身を寄せ、何かを待っているようだ。
◇ ◇ ◇
「………ちくしょう、裕人の言ったこと、マジだったじゃねーか…」
宝来家の方で用意した客船に乗り込んだ蓮が、沈んでいく沿岸部を見ながら呟いていた。
蓮は同じサッカー部の友人達と、自分の母にも声をかけ、ひとまず避難したのだが、その際父にも声をかけると、
「洪水? ないない。大丈夫だろ」
災害を、あり得ない、と信じず寝てしまった。何しろ裕人からの連絡があったのは夜明け前だったのだ。
裕人や彩葉の言葉を信じ、実際に避難者を受け入れている宝来グループの面々を見て危機を感じた蓮達は、出来るだけ親族や知人にも声をかけたが、蓮の父と同様に信じない者も多かった。
「…ぐすっ…、だから言ったのに…。…パパ、ママ………」
彩葉の友人・芽衣が泣いている。他の友人達も、家族と意見が合わず、単身避難した者達が多い。
結局、半信半疑でもとりあえず避難した者達だけが無事、ということになってしまった。
だが…。
「何で!? 何でもっと強く避難を勧めてくれなかったの!?」
「何で本当に洪水が起こるの!? やっぱりあの、映像の男のせいなの!?」
「あ、ああ! 父さん! 母さん! …船を、船を戻してくれぇ! 助けに行かなきゃ!」
「陸地に残してきた家族がいるんだ! 何とかならないのか!?」
―――避難したはずの、助かったはずの人間達も、その魂を闇色に染めていく。
(やはり………)
《2》は思う。これが人間だ、と。
そして、ふいに上空から下へと下降を始めると、ガブリエルが、
「どこへ行くの?」
声をかけられた《2》は、
「………あの人間達…、…醜い人間達を、これ以上見たくありません。奴等が生き残るのは、私には耐えられない」
「殺しちゃダメって言ったじゃない」
ガブリエルが言うが、《2》は折れずに、
「…では、複製達が乗る飛空船に乗った者達に手を出すのは控えましょう。それ以外は、許可して頂けませんか?」
ラファエルとウリエルが、ええ…、と眉をひそめる。ガブリエルは少し考え、
「………仕方ないわね。私達も一緒に行くわ」
全員で下降する。《2》は、米国の旗を掲げた一隻の船に目がけていく。
◇ ◇ ◇
「…? あれは…」
ブリッジにて船員が、何かを目視する。宙に浮かぶ四人の人影。内3人は背に翼を生やしている。
「…え? て、天使!?」
「ちょ、ちょっと待て! あの男…、例の映像の男だ!」
船内がそうざわついた瞬間、《2》はその船に雷を落とす。
「「!」」
南極で、飛空船に雷を落とした時のような手加減は一切なかった。船は瞬く間に損壊し、沈んでいった。
「うわぁ…、容赦ないわねぇ」
思わずウリエルが呟く。しかし《2》はウリエルの言葉に反応せず、次の標的の元へ移動する。
「え!? アイツ、まさか…!」
ラファエルが慌てて《2》の後をついて行く。ガブリエルとウリエルもだ。
《2》は次の船にも同様に雷を落とし、船を、人間達を処分していく。
「ちょ、ちょっと! やり過ぎだぞ!」
《2》が次の標的に向かっていくのを追いながら、ラファエルが止めようとした時、
「!」
標的にした船の甲板に、母子の姿があった。母親は妊婦らしく大きなお腹で、二人の小さな子供を抱えている。
「あ…、ああ…」
怯える母親に、兄と思しき子供が、
「マ…、ママ! 逃げて!」
逃げると言っても、実際逃げ場など無い。だが母親は、自分の後を勝手についてくると思ったのか、子供達を置いて船内に逃げ込もうとした。
すると《2》は、母親を球体で捕え、そのまま骨も残さず処分した。
「「!!」」
一瞬、目の前で起こったことを信じられない、といった表情の兄弟だったが、兄の方が、
「………マ、ママ…、…う、うわあぁあ! ママ!」
気も狂わんばかりに泣き出した。弟の方は、まだ呆然としている。
…ひとしきり大声で泣いた後、兄が《2》を見る。
その表情は、恐れと同時に、怒りも見て取れた。
《2》の目には、やはり闇色に染まっていくもやが見える。
(そう…、やはり人間とは、そういうものだ…)
そして再び、船に雷を落とそうとすると、
「!」
…小さな弟が、兄を庇うように、兄にしがみついた。
「………ダ、ダメ! 兄ちゃん!」
そして弟は《2》に向かい、精一杯の勇気を振り絞って、
「…ご、ごめんなさい! ボ、ボクがごめんなさいするから、兄ちゃんに、何もしないで!」
弟は小さな身体を震わせながら、《2》に懇願した。