4-4 めぇとおばあさま
非番の日、風月は久吾の家にやって来た。
めぇに会いたい気持ちが募りすぎて、業務に支障をきたす恐れがあるので、倉橋が久吾に頼んで約束を取り付けてもらったのだ。
芋ようかんが好きと聞き、手土産に用意して玄関までやって来ると、扉が開いた。
風月がふいに下を見ると、めぇがそこにいた。
「メヘ、いらっしゃいませ風月様」
風月はメロメロの締まらない顔で「めぇチャン!」とめぇを抱き上げた。先日と違い、めぇもニコニコだ。
そのまま応接間に入れてもらう。ふーちゃんがお土産を受け取り、
「お茶の用意してきますね。ごゆっくりどーぞ」
と笑顔で台所に向かって行った。
久吾も顔をのぞかせ、「どうも」と言いながらソファに座った。
一度めぇを下ろしてソファに座った風月の膝に、めぇがぺたんと手を乗せて、
「風月様、お膝の上、失礼してよろしいですメか?」
と可愛らしく言うものだから、風月はきゅうん、となりながら、「モチロン!」と自ら抱き上げて座らせた。
「しかし不思議です! めぇチャンは何故動いて喋れるんですか!?」
ふーちゃんが入れてくれた紅茶を啜りながら、久吾は少し間を置いて話し出した。
「…めぇさんのおばあさまに頼まれたのがきっかけで、今に至っています」
「…?」
「少し長くなりますが…」
久吾は経緯を話し出した。
◇ ◇ ◇
戦後復興の頃、大手百貨店『名月院堂』の女将・ちとせの一人娘・百合が、子供を産むと同時に亡くなった。
生まれた子は男の子。ちとせの孫に当たるその子は、真太郎と名付けられた。
ちとせは孫のために、ヒツジのぬいぐるみを作って百合に贈っていた。誕生と同時に母を亡くした真太郎の傍らには、ちとせおばあさまのヒツジが置かれていた。
ある日、真太郎の容態が急変し、生後半年も満たず急死してしまう。
うつ伏せ寝で赤ん坊が亡くなるケースが今でも時々ニュースになるが、真太郎もそれに当てはまるとされた。
ちとせが娘と孫を失って意気消沈しているも、娘婿は孫の部屋を片付けるよう奉公人に申し付ける。
その奉公人の中に雪乃という娘がいて、
「大女将さんがお作りになったぬいぐるみですから………」
と、ちとせに届けてくれた。
それから雪乃は大女将付きの女中となり、ちとせはヒツジのぬいぐるみを膝に乗せながら流行りのテレビを見たりして過ごしていた。
娘婿たちに主な経営は任せてあるが、特別な顧客には大女将でないと対処出来ないこともあり、時々忙しくもしていたが、そんな日々が十数年過ぎた。
その間に娘婿は後妻を迎え、ちとせもあまり仕事に出る必要がなくなり、穏やかに過ごしていた。
そして少し風邪をこじらせたある寒い朝、雪乃に看取られながら、ちとせは息を引き取った。
ちとせの棺には花や大事にしていた物と一緒に、ヒツジのぬいぐるみも入れられた。
葬儀には大女将の死を悼み、かつての顧客が大勢集まった。その中の一人に、大臣を務めた経歴を持つ、久吾の霊薬の顧客がいたのだ。
久吾が霊薬の取引を済ませると、その顧客が、
「世話になった女将の葬儀があるんだ。一緒に行って、線香の一つもあげてやってくれ」
と言うので、久吾もその葬儀場に連れて行かれた。
(人が多いですねぇ…)
と、ぼんやり見ていた隣に、老齢の女性が立っている。白装束だ。目が合った。
ぺこりと会釈をし、線香をあげて棺の中をそっと見ると、先程の女性とそっくりの顔がある。久吾が思わず女性を見返すと、
『まあ! やっぱりあなた、私が見えるのね!』
女性に話しかけられた。久吾は女性の幽霊と一緒に人気のないところに移動して、話を聞くことにした。
聞けば、ちとせというこの女性は自分が死んでから、ぬいぐるみの中に死んだはずの孫の魂があることに気付いたそうだ。
『このままあの子が、私と一緒に消えてしまうのは忍びないのよ。そうと知っていればもっと、色んなところに連れて行ってあげたかったわ…。どうかあの子を連れて行って下さらない?』
久吾は分かりました、と返事をし、遺体が火葬される直前ぬいぐるみを手元に引き寄せた。物質転送である。
家に戻った久吾は、ハチに相談をする。ハチともう一人、ドイツで人形師をしている美奈と同じ顔をした、やはり久吾の姉であるマルグリットという女性とで、ぬいぐるみに手を加えた。
こうして、めぇが生まれたのだ。