23-2 人柱
「…貴様、番号は?」
憮然としながら、《2》がおもむろにダスに尋ねる。
―――もうすぐ陽が沈む。
夕陽に染まるホワイトハウス跡地にて、捕えられた人間達が一斉に、一人の男に視線を向ける。
その男・ダスは、自分達の前に座る《2》の顔を見ることもなく、俯きながらか細い声で、
「………No.733」
そう答えた。
聞いて《2》は、重ねてダスに尋ねる。
「貴様がこんな目に遭っているのは、共にいた人間達のせいだな?」
その言葉に、ダスは僅かに身体を震わせる。
憮然としていた《2》は、その僅かな動きを見て、ほんの少し嬉しそうに、
「…裏切られたか。信頼していた人間に。そうなのだろう?」
「違う!」
思わずダスが叫んだ。ダスは振り絞るような声で、
「………違うんだ。私と共に過ごしていた寺院の者達は皆、私と同じように暴行を受けた。………私の、せいで…」
聞いて《2》は表情を変えず、
「ほう…、貴様のせいで、か。だが、貴様らに暴行を加えたのは、結局のところ人間、なのだろう?」
「………」
ダスは答えない。《2》は続けて、
「その、暴行を加えた者達、というのは、貴様らと敵対関係にあったのか?」
「…いや、彼等は近隣に住んでいた、ごく普通の者達だ。…だから、彼等にあんな真似をさせてしまったのは、結局…、私がいたから、なんだろうな」
ダスの言葉に、《2》は再び憮然としながら、
「………つまり貴様は、人間ではなく自分が悪い、と。…そう言いたいのか?」
ダスは俯き、しばらく間を置いて考えてから、
「…そう、なるな。…だから、もういいだろう。ここにいる者達は私以外、あなたとは何の関係もないのだ。解放してやってくれ」
そう声を絞り出す。が、《2》は拒否した。
「貴様にそのようなことを言う権限はない。今ここにいる者達は、同じ人間によって槍玉に挙げられた人柱…、生贄だ。ならば確実に犠牲になってもらわねばな」
それを聞いて、集められた人間達全員が震え上がった。
「や、やめてくれ! 頼む!」
「お願いだ! 助けてくれ!」
口々に命乞いの声を上げるが、
((騒がしい。黙らねば、今すぐ殺すぞ))
集められた人間達に、強烈な精神感応を叩き込む。途端に、それを受けた者達が呻いた。
普通の人間が直接精神感応を送り込まれると、差異はあれど強烈な頭痛・吐き気などを催す。
ミスターの言語統一や天使達のステージなどは、魔法を介して脳へのダメージを相殺しているが、《2》が今行ったのは、言うなれば精神攻撃である。下手をすれば、これだけで人を殺せるのだ。
《2》は次に、周りを囲んでいる軍人達に向かい、
「…さて、人間共。貴様らが連れてきた者達の中に、我等複製は一体しかいない。あとは全て人間だ。これでは到底、貴様らを方舟になど乗せてやることは出来ぬな」
すると、次期大統領が立ち上がった。
次期大統領の周りには、最小限だが報道関係の者達もいる。この場所の様子は、現在世界中に中継されているのだ。
「…少し君と、話をしても良いだろうか」
そう声を発する次期大統領を、《2》はやはり憮然としながら様子を窺う。
次期大統領も《2》の様子を見ながら、
「私達はその『方舟』とやらに乗せてもらおう、と思っている訳ではないんだ。…その、君がどんなトリックを使ってホワイトハウスを消し去ったのかは、この際不問としよう」
《2》は表情を変えない。一応この男の言い分を聞いているようだ。
次期大統領はどうやら自信があるらしく、さらに話を続ける。
「君の言う『方舟』がどのような物かは分からないが…、私は、全ての人類がこれからも安心して暮らせる世界を作りたくて、大統領になったのだよ。『方舟』というものがあるなら、この地球こそが『方舟』ではないのかね?」
………この男は、何を言っているのだろう。
《2》は考える。
相手が黙って自分の話を聞いていることに更に自信を持ったのか、次期大統領は続けて、
「君がその、自分とソックリの男を捕まえて何をするかは知らないが、もう物騒なことをするのはやめたまえ。…それよりも、我々の同志にならないか?」
《2》の顔が不快そうに歪む。
「…同志?」
《2》の反応に、次期大統領は意気揚々と、
「そうとも! 君が不思議な能力を持っているのなら、それは世界平和のために使われるべきだ! 私達が手を組めば、未だ各国で拡がる戦争も直ちに終結へと導けるだろう! …どうだ、世界中の人類のために…」
聞きながら《2》はため息をつきながら、
「………平和のため、人類のため…、か。この地球の真の平和は、貴様ら人類が駆除されることで訪れるのではないか?」
そう言って《2》は、次期大統領を睨みつける。
「…!」
思わずたじろぐ次期大統領だったが、何かを言おうとしたその時、《2》の前に突然、ブラウンのスーツの男が現れた。
「「!?」」
その場の全員が驚く中、《2》はその者を見て再び、ほんの少し嬉しそうな表情を浮かべ、
「………来たか、《1》」