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22-4 彼の地へ

 ―――その日、久吾はお館様の命を受け、まだ幼い子供達とその母親達を尼寺へ送り届け、その足でお館様達のいる山寺へと戻っていった。


 徒歩で向かったのは、途中の追っ手を滅するためだ。

 相手によっては殺生をする必要のない場合もある。

 見極めるならば、対面せねばならない。


 数人を手に掛け、数人を逃がし、と、そんなことに手間取りながら戻った山寺は、既に焼け落ちていた。


 お館様や仲間達の霊と、少しの対面を果たした久吾は、妻が向かった領主の屋敷へと向かう。


 …しかし、その屋敷も燃え落ちていた。


 久吾は、妻の霊を探した。

 しかし、出会うことはなかった。


 既に上へと上がってしまったのか―――。

 そう思いながら久吾は、途中で発見した領主一派を殲滅し、お館様の最期の言葉通り、国中を巡る旅に出たのだ。


   ◇   ◇   ◇


 「…もう、お会いすることは叶わぬと、ずっと思っていました。おようさん…」


 嬉しそうに自分を包む久吾に、おようの魂も嬉しそうに、久吾の手の中でくるくると動いていた。


 その様子を見ながら、セルリナは、


 「以前、あなたが誰かに、この子のことを話していたわね。その時はただ、あなたがこの子を懐かしんでいるだけかと思ったのだけれど…」


 久吾は時々、懇意にする人間に訊かれ、妻がいたことを話すということは確かにあった。

 久吾が頷くと、セルリナは嬉しそうに、


 「さっき、あの船の中で、『私にとっての妻は、後にも先にも、おようさんだけです』って言ってたでしょう? それを聞いてこの子、それは嬉しそうにしていたから、『あの人に会いたいの?』って、私が訊いたの」


 久吾は、その手の中のおようの魂とセルリナを交互に見ながら、


 「そうなのですか? あなたは…、あなた方は私達のことを、常に見ていた、と?」


 聞いてセルリナは、変わらず笑みを浮かべながら、


 「地球の分(私達)霊は、この地球上に起こる事象は全て、見て、聞いて、感じて、知ることが出来る。何しろ、人間達が言うところの『神』だもの」


 久吾は、ほう、と感心する。が、セルリナは続けて、


 「…でも、それだけよ。私達がそこに介入することは無いわ。私達は常に、見守るだけ。…だってこの世は全て、自然の為すがままにあるべきだから」


 そこまで言ったセルリナは、少し考え込む仕草をする。そして、


 「ただ…」


 そう呟いたセルリナを久吾が訝しむと、セルリナは再び表情を変え、久吾を見据える。

 笑顔を消したセルリナは、


 「…今回、もし地上が水没すれば、それは私達にも想定外。その場合は、こうして関わった私も手を貸さざるを得ない。あなたと、あの天使達と、皆の力で全てを元に戻す(・・・・・・・)ことになる。そうなれば―――」


 そこまで言って、セルリナは再び笑顔を久吾に向け、


 「…もし、の話ね。そうなれば、その時話すわ。それよりも…」


 ふいにセルリナが上を向く。

 女神(セルリナ)は全てを感じることが出来るが、この場においては、久吾は地上の様子は感じ取れない。

 この場は即ち、女神の結界の中なのだ。


 「…ほんの束の間の再会になってしまったわね。そろそろ事態が動く…。《(ベート)》…、彼が行動に出るわよ」


 「!」


 言われて久吾は、おようの魂を見る。おようは、ぷるぷる、と久吾の手の中で僅かに震えた。

 名残惜しそうにおようを見る久吾に、セルリナは、


 「…また時々、ここまで来れば良いわ。あなたなら出来るでしょ? あなたの同胞だった複製(コピー)達の言うバリアボール…、あなたのそれは、その霊力によって冥界の力を宿している。深淵部(アビス)を難なく通過したのも、そのためよ」


 久吾は僅かに驚く。


 「そうなのですか…。それでも、なかなかに大変でしたけどね」


 久吾が笑ってそう言うと、セルリナも笑う。


 「それくらい、苦労でも何でもないでしょ? 今回を切り抜けたら、あなたの寿命をおよそあと五百年ほどとしてあげる。冥界の主を通じて、その子と同時期に生まれ変われるよう、手配してあげるわ」


 え、と久吾が驚く。


 「それは、どういう…」


 セルリナは、にっこりと笑いながら、


 「…あなた達なら生まれ変わっても、きっと巡り会える。今度こそ、幸せな一生を送ると良いわ」


 未だ困惑する久吾に、セルリナはそれ以上答えず、


 「…さあ、その子をこちらへ。そして、あなたは自身の霊球でその身を包みなさい。洞窟の入口へ送ってあげる。上へ昇り、深淵部(アビス)を抜けたら、そこからはあなたの千里眼で状況を把握出来るはず…。後は頼んだわよ」


 久吾は、手の中のおようの魂を今一度見る。おようの魂は数度、くるくる、と回ると、ふよふよ、とセルリナの方へと漂っていく。


 「おようさん…」


 久吾が声をかけると、おようの魂は嬉しそうにもう一度、くるくる、と大きく回った。

 久吾はほんの少し名残惜しそうな表情を見せたが、おようの魂に笑いかけながら頷いた。

 そして抜け殻となったテディ達を掴むと、セルリナに言われたとおり、自らを透明の球体に包む。


 「…では、セルリナ様。お願いします」


 セルリナは頷く。

 久吾に人型を見せるため、抑えていた気配を解き放ち、神技を用いてそのまま久吾を洞窟の入口へと転移させた。


 ―――おようの魂が、不安そうにセルリナに擦り寄る。セルリナはそれを見ながら、


 「…そうね。でもきっと、大丈夫よ」


 静かに微笑みながら、そう呟いた。

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― 新着の感想 ―
あとここだけは、と思いまして。 ここまできっと、己の心に背くことなく生きてきたのだろう久吾さん。 お互いに報われましたね。 途方もない年月を経ても変わらぬ想い。 素敵です。
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