22-3 地球の因子
「やはり…。あれは、地球の因子…、女神の因子と同じもの、だったのですね」
セルリナは頷く。
「そう。因子を多く持つ者が、人間達が言うところの『神』となった…。けれど、人間達の中にも当然存在するこの因子は、不思議なことに、その『感情』に呼応するのよね」
「…そうですね。あの色は人間が、心の底から幸せを感じている時にしか発現しませんから…」
そう聞いて、セルリナは、フフ、と笑い、
「あなたの中の『核』の不純物は取り除いたから、既にあなたも『神』と同等の存在になったわよ。…あなたなら大丈夫よね?」
その言葉に久吾は、え!? と驚く。
「待って下さい、『神』と同等、とは…」
セルリナは変わらず、穏やかに笑いながら、
「そうね、『神』、というか、あなたが一緒に暮らしていた天使達と同じ存在になった、というのが正しいかも。…いずれにしても、あなたはもう、ノアの複製という枠に括られてはいない。彼等とは別物よ」
そう聞いて、久吾は少し狼狽しながら、
「…何故、そのようなことを。それに、霊薬を作る能力を使えないようにすると仰いましたか…。何故…」
すると、セルリナの表情が少し変わる。真っ直ぐに久吾の顔を見据えながら、
「あなたの作る霊薬は、下手をすれば我々『地球の分霊』にも影響を及ぼす。あのように、地球の因子を自在に操る行為は、いかにあなたが正しい心で使おうとも、《禁忌》であることに違いないの。…以前の状態であればそれほど影響はないけれど、今はもうダメよ」
セルリナの言葉に久吾は驚き、
「…そう、なのですか。…しかし、分霊、とは。貴女は…、貴女方は、この地球の神霊そのものではない、ということですか?」
そう尋ねると、セルリナは再び笑みを浮かべ、
「ええ。私達地球の分霊は至るところにいるのだけれど、こうして他の生き物達と意を交わしても良い、と考える分霊は、きっと私くらいのものよ」
そういたずらっぽく笑った。
しかし久吾は、ミスターが女神に会うために二百年を費やしたことを聞いている。
「…それなら何故、ミスターとの邂逅まであのように時を費やしたのですか?」
そう訊くと、セルリナはあっけらかんと、
「ほんの二百年でしょう? 何しろ彼、深淵部を通過するのに百年以上かかってるのよ? それからどうやってここまで来るか、興味あるじゃない?」
クスクス、と笑っている。
久吾はミスターに深く同情した。自分達も人間達から見れば超常の者であるが、ここにいるのはやはり、それを更に超越した『女神』なのだ。
久吾がため息をついていると、セルリナは笑顔のまま、
「…それに、ここにいるのは、あなたも視ているように女性しかいないの。全ての男性が悪いとは言わないけれど、ここの霊達は皆、男性達に殺されたようなものだから。如何に善なる『ノア』の複製と言えど、警戒はしたかったのよ」
久吾は、なるほど、と思い、
「そうですか…。ですが、私も一応男性型ですよ?」
するとセルリナは苦笑しながら、
「それについては、後で話すわ。それより…」
そう言って再び表情を変え、久吾を真っ直ぐに見据えながら、
「…今、あなた達が《2》と呼称する複製…、彼は今、あの《9》という女性型の複製と共に、南極と北極の氷にとある仕掛けをしている。恐らく彼は、合図と共に両極の大量の氷を全て融解するつもりよ」
久吾が、え、と困惑し、顔を青ざめさせる。
「まさか…」
セルリナは真顔で頷きながら、
「ええ。そんなことをすれば、世界は間違いなく水没するわね」
「そんな…!」
狼狽する久吾に、セルリナは穏やかに、
「だから、あなたの『核』の不純物を取り除いたの。あなた達ノアの複製を行動不能に陥らせるには、方舟のオリハルコンを使うのが確実…。そして今、複製の枠から外れたあなたしか、ノア…、《0》と同様に方舟のオリハルコンを操作できる者はいないの」
「………」
言葉の出ない久吾に、セルリナは微笑んで、
「もちろん、それは最終手段ね。それをすれば、他の全ての複製達を呑み込むことになる…。ひとまず、皆で説得してみることね」
久吾は、やっとのことで頷きながら、
「…そうですね。頑張るしかありませんね」
ため息をついて、そう答えた。セルリナはにっこりと笑い、ふいに鉱物の陰にいる一つの霊体に声をかける。
「…さあ、そろそろ出て来なさい」
久吾が「?」と思っていると、セルリナはいたずらっぽく笑いながら、
「実はね、あなたに会いたい、と言ったのは私ではなく、彼女なの。フフ、すごーく恥ずかしがってるけど。…私は彼女の『お願い』を叶えてあげただけ。私の元に、ずっと一緒に居てくれているお礼よ」
すると、鉱物の陰にいた丸くて白い霊体は、ほんのりと桜色に染まり、おずおず、と姿を見せる。
―――瞬間、久吾の細い目が見開かれる。
「………まさか」
桜色に染まった霊体…、丸い光体は、ふよふよ、と少しずつ久吾に近寄ろうとする。
その様子を、セルリナは慈しむように見ていた。
「………この、…この気配は…、ほ、本当に?」
セルリナは頷きながら、
「ええ。彼女の『想い』の強さに惹かれて、私の元に引き寄せたの。彼女の壮絶な死の様子は、それこそ『生贄』と言っても過言ではなかった…。彼女はあなたの…」
セルリナに向かい正座で座っていた久吾は、立ち上がり光体に近づいていった。
「ええ…、ええ、忘れるわけがありません」
そして、戸惑うように漂う光体を、優しく掬い上げるように両手のひらに包み込み、
「おようさん…、こんなところにいらしたんですね」
久吾は、妻・おようの魂を、とても愛おしそうに抱きしめた。