22-2 女神
―――少し時を遡る。
南極にて、《9》と《5》達が激しい攻防戦を繰り広げている最中、久吾は『女神』との対面を果たしていた。
「…貴女が、その、…『女神』なのですか?」
久吾が尋ねると、少女の姿をしたその者は、にっこりと笑う。
「そうね。今のこの姿は『借り物』よ。…と言っても、きっとあなたは既に気付いているわね」
そう聞いて、久吾の後ろにいたハイドとシークが驚く。
「え!? キューゴ、気付いてたの!?」
「やっぱオマエ、スゲーんだな!」
その様子を、女神は笑って見ている。そして、
「フフ、さあ、お前達。遊びはおしまいよ。仲間達のところに還りなさい」
そう言うと、テディ達の中から、スウッ、と長いヒレを靡かせた魚の幻影が吸い出され、そのまま上空に昇っていく。
その間際、久吾には彼らの心の声が聞こえた。
((じゃあよろしく頼むな、キューゴ!))
((ちゃんと、うーちゃん達にぬいぐるみ、渡しといてくれよな!))
久吾は魚達を見送りながら、
「ええ、必ず…」
そう答えると、魚達は上空の壁に吸い込まれ、消えていった。
―――久吾は、女神と向き合う。
だが、どうやらこの場は女神と二人きり、とは言えないらしい。
久吾はこの場に、数体の霊の気配を感じていた。全て少女や女性のようだ。
そう久吾が考えていると、女神が口を開いた。
「…私のこの姿は、一人の『生贄』の少女の姿…。遥か昔、海に沈んだ大陸にいた巫女の姿よ。そして、ここにいる霊達も、全て人間達が『生贄』として、この地球に捧げてきた少女達なの」
久吾は、ほう、と感心したように答える。
その様子を見ながら、周りにいる霊達が、クスクス、と笑っているのを久吾は感じていた。
「なるほど…。地球、というか、その土地々々に捧げられた方々を、ここに集められたのですか?」
久吾が尋ねると、女神は、
「そうね。生前それなりに強力な能力や『想い』を持っていた、そういった魂を私が引き寄せたの。…だって、ここに私一人でいるのも、なかなか寂しいのよ?」
女神がいたずらっぽく笑う。
…のだが、久吾は少し眩しそうに女神を見ながら、
「申し訳ありません。…その、人の姿をしている、と仰いますが、私にはその姿を見るのが難しいです。少しその光を抑えて頂くことは出来ますか?」
一瞬女神が、キョトンとした表情を浮かべ、そしてにっこりと笑って答えた。
「ああ、そうよね。あなたには『視えて』いるのだったわ」
―――久吾には、女神を包む目が眩むほど輝く、白と金のもやと霞が視えていた。
女神は、すうっ、と気配を抑え、久吾に自分の人型が見えるようにする。
「これでいい?」
久吾は女神に「ありがとうございます」と礼を言い、笑みを返す。女神は続けて、
「私が借りているこの人型、元は『セルリナ』という名の少女だったのよ。だからとりあえず、私のことは、セルリナ、と呼んでね」
久吾は頷く。そして、
「それで、セルリナ様。私を呼んだ理由は…」
そう訊くが、セルリナは、じっ、と久吾を見る。
「………」
少しの沈黙の間、久吾は黙ってセルリナの『鑑定』を受けた。
…ふいに、セルリナが口を開き、
「…これは、大変だったわね。あなたの『核』であるオリハルコン、その量では能力のコントロールもままならなかったはず…。元の能力に感謝、というところかしら」
そう言われ、久吾は驚く。
「私の、能力、…ですか?」
セルリナは頷き、久吾に、
「元々のあなたは、あなたが『ハチさん』と呼んでいた人と近い能力だったみたい。精密なコントロールが出来たはずなのに、オリハルコンの量が膨大で、ぼやけてしまったのね」
「………」
久吾は驚きと同時に、自分の能力について考えてみる。
確かに、時折自分の中で持て余すエネルギーは感じていたが、
「…ミスターやハチさんは私の型を、ミスターと《7》さんの中間ではないか、と仰っていましたが…」
するとセルリナは、フフ、と笑い、
「その状態だと、そうかも知れないわね。…ともあれ、そのままでは不安定で良くないわ。あなたの中のオリハルコン…、『核』が含んでいる不純物を、全て取り去ってしまいましょう」
「え」
久吾が驚いていると、セルリナは久吾に口を挟む間も与えず、その身体を光らせながら神技を久吾に向ける。
「…!」
―――久吾の身体が、一瞬光った。
すう、と光が消えたが、特に変わりはない気もする。…が、
「………これは、驚きましたね。以前よりも、その…」
「フフ、そうでしょ? …あ、でも…」
「?」
訝しむ久吾を見ながらセルリナは、少し申し訳なさそうに、
「…ごめんなさい、あなたが生業にしていた『霊薬』を作る能力、あれはダメ。もう使えないようにさせてもらうわ」
え!? と久吾が驚く。
「な、何故ですか!?」
「あれはね、あなたが『天使の魂色』と呼んでいるものと関係がある。…あなたは、あの現象か何なのか、分かっているのでしょう?」
「………」
セルリナに問われ、久吾は静かに頷く。
「…ええ。あの光…、貴女も放っている、とてつもないエネルギー。この地球に生まれ落ちた、全ての生命が持ち合わせているもの…」
久吾の答えに、セルリナはにっこりと笑い、
「正解よ。あなたが、輝く白と金のもやと霞、と認識しているそれは、この地球の一員である証明…、この地球に生まれ落ちた全ての、誰もが持っている『地球の因子』そのもの、だもの」