21-3 《8》
「―――ミスター、あと1時間程で南極大陸に着陸出来ます。…結界ギリギリまで接近しましょう」
スミスに言われ、ミスターは頷く。
人造人間である複製達に気温は関係ない。《5》はローブのままだ。ミスターやNo.56達も防寒具は着用しない。
船内の気温は保たれているので、外の寒さは実感出来ないが、現在南極周辺は夏場にも関わらず極寒の地だ。但し、夜は来ない。
「気をつけろよ。絶対に無茶はするな」
そう月岡達に声をかけるのは倉橋だ。石塚と一緒に船に残る。
月岡と風月は準備を済ませ、倉橋に、はい、と返事をした。
すると皆の足下に、コロコロ…、と転がるヘルメットが。
「だいじょーぶ! オレっち達がついてるんだぞ!」
もっちーだ。石塚が思わず声をかけた。
「…それが心配なんだよな。ホントにお前、戦ったりすんのか?」
ヘルメットごと石塚に抱き上げられ、もっちーが暴れた。
「ぬぉ!? ホントだぞ! オレっちもめぇも、天使の守護者なんだからな!」
疑っている石塚に、後ろから蔵人が、
「本当らしいですよ。俺達も助けられたんで」
へぇ、と石塚は言うが、愛らしいぬいぐるみの姿を見ると、どうにも信じられないらしい。
風月はめぇを抱っこしながら、
「めぇチャンは、私が守る! …って言いたいんだけどねぇ。相手が相手だけに、言い切れない…」
そうしょげているが、めぇは、
「風月様達は、ワタクシともっちーさんでお守りしますメよ」
そうニコニコしている。
「―――君達、そろそろ到着するぞ。ホバーに乗り込みたまえ」
風月と月岡は返事をし、二体のぬいぐるみと共にミスターが操縦するホバーへ、キーラとオリヴィアは《5》のホバー、それからNo.56達と、3隻のホバークラフトへ人員が振り分けられる。
―――飛空船は、氷の大地へと降下する。
米国・ホワイトハウス周辺の日没まで、あと6時間程だ。
3隻のホバーは、氷の大地を颯爽と駆けていった。
◇ ◇ ◇
「………ミスター達は行ったか。久吾の奴、まだ戻らねぇのかよ」
ベッドの上で、ハチがボヤいている。
口は減らない様子だが、身体は動かない。そばにはファリダがずっと寄り添っている。
「……………」
特に話をすることも無いのだが、心配そうにハチを見るファリダに、ハチは、
「…お前も、そろそろ羽亜人達のところに戻れ。ここに居たって、つまんねぇだろ」
そう言われるが、ファリダは、ぶんぶん、と首を振り、
「嫌だ。ここにいる。あなたのそばがいい。………何でか、分かんないけど」
ファリダの言葉に、ハチはため息をつきながら、好きにしろ、と言うが、そこへスミスが来て、
「ハチさん、大丈夫ですか?」
申し訳なさそうに言う。ハチは、
「…ああ、………いや、嘘はつけねぇな。…スミス、後を、頼むぜ」
「!」
スミスは驚いて、今にも泣き出しそうな顔で、
「ハチさん! 申し訳ない…、…私が、もっと………」
声を詰まらせるスミスだが、ハチは弱々しく笑って、
「お前のせいじゃねぇよ。俺も、美奈が死んじまった時から、そんな気はしてたんだ。…大体、もう二千年だぞ。充分過ぎるだろ」
泣いているスミスを見ながら、ファリダが、
「あなた…、死んじゃうの?」
ぎゅっ、と、ハチの手を握りながら言う。ハチはファリダの好きにさせながら、
「…ああ、そろそろな。…まぁ、お前は覚えてねぇだろうが、お前がウチにいた時があってな」
「………」
ハチは少し懐かしそうに、
「俺は人間じゃねぇからな、少し違ってるかもしれねぇが…、何ていうか、俺に娘ってのがいたら、こんなもんなのかなぁ、って、思ってたよ」
ハチの手を握るファリダの手に、力が込められる。ふと見ると、ファリダの黒い瞳から涙が溢れていた。
「………やだ。嫌だ。…死んじゃ、いや」
ハチは少し驚いた表情だったが、すぐに笑顔をファリダに見せて、
「…泣くんじゃねぇよ。今、お前の周りには、俺以外にも、お前を助けてくれる奴らがいるだろう? …そいつらと一緒に、人間として生きてけよ」
「………」
泣きながら頷くファリダに、ハチは満足そうにして、
「………まぁ、こうやって、死に際に泣いてくれる奴がいる、ってのも、悪かねぇ、な………」
そう言って、ハチは瞼を閉じる。
「………ハチさん?」
スミスが問いかけるが、ハチは応えない。
眠ったのだろうか、とスミスが近づくが、ファリダが首を振り、
「あ…、あぁ………、…う、うわあぁあ! ハチ、ハチぃ…!」
泣きじゃくりながら、ファリダがハチの身体にすがりつく。
その声が聞こえたのか、羽亜人達も部屋に入ってきた。
「「ハチさん!」」
…だが、ハチはもう、応えなかった。
◇ ◇ ◇
「………! 《8》…」
ホバーを操縦していたミスターが、ふいに呟く。
《一桁》同士の超感覚は、《3》の時と同様にそれを感じ取る。《9》が何かしらの細工を施した《6》は例外であるが。
ミスターと同様、《5》も感じ取ったようであった。ホバーの操縦中にも関わらず、思わず目を伏せる。
((…寿命、なのね。《0》が消失したことも、影響しているのかしらね))
精神感応でそうミスターに意を伝える《5》に、
((分からん。…が、無いとは言い切れぬ…))
そう話していると、ふいに別の連絡が精神感応でミスターに届く。スミスだ。
((ミスター! 何者かが飛空船に…!))
((!?))