21-1 選抜
「―――あれがブルーホール、ですか」
メキシコ・ユカタン半島の海岸沿いに、その陥没穴は存在する。
この辺りはもうすぐ夜明けだ。日中であれば、その美しい光景も相まって人間のダイバー達がこぞって潜りに来るのだが、今は静かなものである。
「…うん。じゃあ行くか」
「ああ、このまま、静かに、静かに降りてくぜ」
ハイドとシークに促され、久吾はミスターに言われた通りに透明の球体の中に入ったまま、水の中に沈んでいく。
―――たちまち視界が闇の中となった。
目が慣れてくると、魚などの生物も見える。
久吾とテディ達は闇の中を、静かに、静かに沈んでいった。
◇ ◇ ◇
「…うっ、うっ…、………もつこ…」
もっちーもめぇも泣いている。そこへハチがやって来た。少しふらついている。いつものハチらしくない。
「………すまねぇ」
ハチはそう謝るが、もっちーが泣きながら怒っている。
「…ハッチャン! 何で、何で…、うう…」
しかし、もっちーがそう文句を言う途中で、ハチの身体が、よろり、とバランスを崩し、そのまま倒れた。
「! ハッチャン!?」
もっちー達が驚いていると、スミスとファリダがハチを起こそうとする。
「だ、大丈夫ですか!?」
ファリダと二人でハチを支えていると、ミスターがマイシャの亡骸と一緒に瞬間移動で戻ってきた。
「…!? ハチ!?」
とりあえず、ハチを休ませるため、船内に造った住居スペースの空いている一室に向かう。
◇ ◇ ◇
「―――能力を使いすぎたか…。君にも無茶をさせてしまったな」
スミスとファリダで支えていたハチを、ミスターが念動力で持ち上げ、ベッドへと寝かせる。
二台並んだ奥のベッドに、マイシャの亡骸を置いた。
「……………」
ハチは身体を休めたまま、
(…俺も、そろそろ、か。………やっぱり、美奈のようにはいかねぇなぁ…)
そう考え、ふいにミスターに声をかける。
「………ミスター」
? とミスターがハチを見ると、ハチは、
「…今のうちに、言っとくが、………俺に、もしものことがあった場合…」
「…! ハチ、君は………!」
いきなりの発言に、ミスターが戸惑っていると、
「一応、ですよ。…その場合、俺の能力ですがね。………そのままにしといてくれませんか」
「…そのまま、か。それは、誰にも譲らず、ということだな」
ミスターの言葉に、ハチは頷きながら、
「ええ。…俺の能力は、俺だけのもんだ。誰にも譲らねぇ。…頼みますよ、ミスター」
ミスターは頷く。
そこへ、入口をこっそりと、めぇともっちーが覗いていた。何故か船内の子供達も一緒にくっついている。
「………ハッチャン、だいじょーぶ?」
もっちーがおずおずと訊いてくる。ハチは寝たまま、
「…ああ、もつこのことは、本当に済まなかった。あんな小せぇ子にムリさせちまって…」
そう謝ると、めぇが首を横に振り、
「先程、彩葉様が教えてくれましたメ。もつこさん、ちゃんと上に上がれたから、心配することないって…、だから………」
そう言いながら、めぇが涙を拭う。
そこへ、《5》が現れた。《5》はミスターに、
「…《1》。《2》が指定した場所で、そろそろ夜が明けるわ。…期限は日没までよ」
ミスターが頷く。《5》の言葉を聞き、ミスターはハチとスミスに、
「急がねばなるまい。あとどのくらいで南極大陸に到着する?」
「…まだ、あの子…、もつこさんの中の、女神の因子の効果が持続していますからね。大陸までなら、およそ6時間、というところでしょうか…」
「ああ。ただ、現在宮殿周辺には、《9》のヤツの結界が張ってあるだろう?」
そう聞いて、ミスターが唸る。
「…そうだ。お陰で我々も、直接宮殿に向かうことが出来なくなっている。それに、この飛空船で宮殿に近づく訳にもいくまい」
普通の人間達が大勢乗る船だ。それを危険に晒す訳にはいかない。ハチは、
「ああ。だから、氷上用のホバークラフトを3隻用意してある。宮殿に向かう者を選別しなきゃならねぇな」
ハチの言葉に、ミスターは頷きながら、
「まずは、私が行こう。…それから、《5》。行けるか?」
《5》が頷く。
「私と…、そうね。No.56を連れて行きましょう。良いわね?」
すると、部屋の隅に人影が浮かび上がる。
「! 君は…、今までずっとそこにいたのかね?」
No.56だった。見つかってしまい、少々残念そうな顔をしている。
「…仕方ねぇな。他に戦力はいないんだろ?」
「ええ。《8》はこのとおりだし、他の《三桁》では、…《最後の番号》ならともかく、《2》や《9》に敵う訳がないもの」
「《最後の番号》、か。…まだ戻って来ていないのか?」
No.56に問われ、ミスターが頷く。
「ハイドとシークが付いているから、期限は伝わるはずだが…」
そう話していると、もっちーとめぇがミスターの足元でズボンの裾を引っ張った。
「? どうした、君達」
すると、もっちーとめぇは、
「ミスター、お願い!」
「ワタクシ達も、一緒に連れてって欲しいですメ!」