4-2 合否
三枝風月は高校生の頃、その正義感と真面目さから一時期不眠症を患っていた。
「………おはよ」
「…お姉ちゃん、また眠れなかったの?」
「うん…」
毎朝フラフラと起きてくる姿を見て、心配した風月の妹・水波が、少しでも癒やされてほしいとヒツジのぬいぐるみをプレゼントした。
「…カワイイ。水波、ありがと」
「うん。これでお姉ちゃんが、少しでも眠れますように」
キリッとした頼りがいのある見た目の風月と、ほわんとしたのんびり屋の水波は、正反対の見た目と性格でも非常に仲の良い姉妹だ。
妹の思いがこもったヒツジのぬいぐるみをそばに置くようになってから、風月の不眠症は不思議と改善されていった。
以来、風月は少しずつヒツジグッズを集めている。
妹からも、頻繁にヒツジ関連の贈り物がされ、風月の部屋はほぼヒツジに侵食されている。
その後警察官となった風月は、実家を出て単身で暮らしているが、やはり部屋にはヒツジがひしめいている。
そして久吾の家で、まさかの動いて喋るヒツジのぬいぐるみを見て、感極まってしまったのだ。
―――多少は落ち着いた風月が、めぇを膝に乗せて顔をほころばせている。
めぇは落ち着かない様子で風月に抱っこされていた。
(………どうしてこうなったメ。怖いメ)
めぇはブルブル震えているが、とりあえず落ち着いたところで倉橋が仕切り直した。
「…何つーか、すまんな。三枝も普段はこんなんじゃないんだが…。コイツにこんなポンコツな面があるとは思わなかった…」
「いえ、めぇさんが来るまでは、正義感の強いしっかりした方とお見受けしましたよ」
久吾がそう言うと、月岡はこちらをじっと見ながら切り出した。
「…あんた、一体何者なんだ?」
久吾はずいぶん直球の質問だな、と思いつつ静かに答えた。
「…普通の人に見えないものが見えているだけですよ。…そうですね。あなたが理知的で冷静な方だというのも分かります」
そして倉橋に気付かれないよう、めぇに夢中になっている風月をチラリと見てから
「他にも、例えばあなたの想い人なんかもね」
ニコリと微笑む久吾の顔を見て、月岡はギクリと驚いた。
(…っ、マジか、誰にも気付かれたことなかったのに)
久吾が魂色を見た時、隣に座る風月の側だけ、ほんのりと淡い薄紅色が月岡の心の水面を照らしていた。ああ、そうなのか、と久吾は思っただけだ。
「ホントか!? コイツに想い人なんて、天地がひっくり返っても無いと思ってたぞ!」
倉橋が驚くと月岡は
「あー、クソっ! 久吾さん、言わなくていいからな!」
「はい」
久吾はめぇが持ってきてくれたお茶を飲みながら返事をした。倉橋が「まあいいか」と聞くのを諦め、
「で、どうだ。コイツらは合格か?」
「そうですね。今後に期待と言いますか…。少しずつ親睦を深めていきましょうかね」
ただ、めぇに夢中になっている風月だけはちょっと心配だった…。
◇ ◇ ◇
ひとまず顔合わせも終わったので、倉橋達は帰る事にした。風月は名残惜しそうに、めぇに最後の頬ずりをして帰っていった。
「…めちゃくちゃ疲れましたメ、旦那様ぁ」
「お疲れ様でした、めぇさん。風月さんのこと、嫌でしたか?」
めぇは「?」と思い、
「嫌じゃないですメ。ちょっと怖かったメけど…」
「そうですか…。いいことを教えてあげましょうか」
この時、久吾がこっそりめぇに伝えたことは、めぇにとってとても素敵で、嬉しいことであった。
内緒話の内容公開はずっと先の話。