20-2 大行進
「これって…」
ざわつく人垣に、ミスターと《5》、No.56が近づく。
「…始まったのね」
《5》の言葉に、皆が訝しむ。ミスターが、
「選別、か。マイシャもそこにいるのかね?」
「恐らくね。このまま南極まで無事に辿り着けた動物を、方舟に乗せるつもりなのでしょう」
《5》の言葉に、ミスターが唸る。
「南極まで、って…、陸地が途切れたらどうするんだ?」
No.56が言うと《5》は、
「さあ…、《9》がいるから、何かしらの移動手段は考えているのじゃないかしら」
すると、飛空船の操縦に携わっていたスミスと人間達が、にわかに慌ただしくなる。
「…おかしいですね。ステルス機能は正常に働いているのに…」
何かが飛空船に迫っている。ハチに声をかけようとしたのだが、スミスは相談しあぐねていた。
自分の仕事を終えたハチは、ソファで眠っている。ファリダが介抱していた。
しばらくはスミスが介抱していたのだが、ふいにファリダが「私にやらせて」と願い出たのだ。
スミスは半機械人間だった頃のファリダも知っている。
記憶は無くとも、献身的に介抱するファリダの様子を見て思わず、二人の邪魔をしたくない、と考えてしまったのだ。
スタッフの一人が、
「…スミス、今我々の飛空船は、太平洋上…、ハワイを越えたクック諸島あたりのはず、だよな」
「ええ、そうですね」
画面を見ながらスミスが確認すると、スタッフは別の画像を見せ、
「この映像…、この大群のルート、我々の船を目指しているとしか思えないんだが…」
そこには、自分達が通ってきたルートをそのまま辿っているシミュレート画像が映っていた。
スミスは、む、と唸りながら、
「何故、群れがこちらに…。何かに操られているということですか? …まぁ、今の船の強度なら、多少の衝突などは問題ないはず…、…? ちょっと待って下さい」
スミスは別の画像を確認する。
…別の何かの群れが、鳥の群と逆方向からこちらに向かっている。海上だ。
「これは…」
大型の海の動物…、クジラやシャチなどであろうか。現在、船の外は夜。群れの大半が海中にいるのも相まって、確認しづらい。
だが、海上にその姿を現している先頭のクジラの頭に、何か…、誰かが乗っている。
「! ミスター!」
スミスが叫んだ。呼ばれてミスターが画面を確認する。拡大したその者は…、
「…! マイシャ!?」
◇ ◇ ◇
―――『マイシャ』としての意識が薄れていく。
No.93と呼ばれていた頃のことも覚えてはいるが、その時の感情はまるで他人事のようで、良く思い出せない。
今、マイシャの意識に影響を及ぼしているのは、ミャマの記憶だ。
マイシャの意識ももちろん存在しているが、今自分がマイシャなのか、ミャマなのか、No.93なのか、No.666なのか、マイシャには分からなくなっていた。
(…とにかく、あの空飛ぶ船を落とし、皆を南極へ………)
鳥達への指令とクジラ達への指令、陸地を走り抜ける動物達への指令を同時に行う。
能力はとっくにオーバーしている。
自我を捨て、余計な考えを排除して集中しなければ、動物達の操作は危うくなっていた。
(………船を…、………ふね? フ、ネ…)
ステルスを張っていようと、『ノア』の複製として残る能力の片鱗が、同胞の気配を察知する。
そこにあるはずの空飛ぶ船を落とそう。
マイシャはそう思い、鳥達に命令を下す。
◇ ◇ ◇
「キャアッ!」
今まで大地のように安定していた飛空船が、がくん、と揺れた。
外にいる鳥達が飛空船に追いついたようだ。やはり猛禽類が多い。体格の良い、飛行速度の速い鳥達だ。
「! 何と…、あんな無茶な体当たりをさせるとは…。鳥達の生命が………!」
スミスが憤る。ミスターはスミスに、
「…いざとなれば、ハチを起こしたまえ。私は、マイシャと話をしてこよう」
そう言って、瞬間移動していった。ミスターを見送り、スミスは、
「とにかく、船体を安定させることに集中しましょう!」
スタッフに指示を出す。舵軸を操作し、揺れを相殺していく。
◇ ◇ ◇
玉座に鎮座していたもつこは、船と連動している。
「…お外の鳥さん達、怒ってるのかな。ちょっとコワイ」
彩葉と羽亜人が心配そうに、もつこの体を撫でる。
―――もつこは、ふーちゃんとお散歩に出た時のことを思い出していた。
通りすがりの家の塀の上で、猫同士が威嚇しあい喧嘩をしている。
「うわぁ、ふーちゃん! ネコさん、ケンカよ!」
思わず叫ぶもつこを抱きながら、ふーちゃんは唄を歌った。その歌声を聴いたノラ猫達は喧嘩を止め、まるで仲直りしたように互いを舐めあっていた。
「スゴイ! ふーちゃん、スゴイねー!」
「フフ、そぉ?」
にっこり笑うふーちゃんと、その唄を一緒に歌いながら散歩を続けた。
―――たしか、こんなお唄だったかな。
「―――――♪ ―――――♪」
もつこが歌う。
玉座を通して、歌声が周囲に響き渡る。
「! これは…」
皆が驚いている。
もつこが取り込んだ、『女神の因子』が光り出す。