19-4 久吾の過去 その4
「「!」」
「慰み者、って…」
風月や彩葉の顔から、血の気が引いたようだった。久吾は続けて、
「清夜さんは、まだ十を過ぎたばかりの妹の小夜さんに、その事実をひた隠していたようでした。…まぁ、言えなかったんでしょうね。小夜さんは姉のそんな事情を知らず、ある日山寺の住職さんのご厚意で、私達と一晩一緒に過ごすことになったんです」
今で言う、お泊り会、と言うものだろう。みー君とふーちゃんも、小夜ちゃんと一緒にはしゃいでいたようだ。
「小夜さんはとても幸せに感じて下さったようで、その際私も小夜さんにお願いし、一日分の寿命を頂きました。そして幸せな心持ちのまま、翌日小夜さんは叔母の家に戻ったのですが…」
当時を思い出した久吾が表情を険しくし、
「…家の中に、首を吊った姉の清夜さんの遺体が、ぶら下がっていたそうです」
「「!!」」
話を聞いていた全員が、衝撃を受ける。久吾は憤りながら、
「どうやら、男の子供を身籠ったことに絶望して、のことだった様ですが、…その男は、今度は清夜さんの代わりに、年端もいかぬ小夜さんを手籠めにしたんです」
「! そんな…!」
「ひでぇな…」
月岡や石塚も驚く。倉橋ですら、聞くに堪えない話だったようだ。久吾も頷きながら、
「小夜さんにとっては、正に天国から地獄だったでしょうね。小夜さんの身に起こった異変を、天使達が感知しましてね。その…、その時の怒りで、ミカエルは天使の能力を解放してしまったんです」
詳しい状況は、倉橋達にも話せない。
だが、裕人が誘拐された、あの事件の際に暴走したミカエルの炎は、この時も同様にふもとの村全体を焼き尽くしていた。
久吾が初めて天使達の能力を垣間見た瞬間でもある。
そして、同様にガブリエルの唄の能力が、ミカエルの暴走を止め、全てを再生させている。
ちなみに、清夜と小夜の叔母と従兄弟の男は、天使達の意を汲んだ久吾が処分した。
「その際、最悪の状況のせいで気がふれた小夜さんも亡くなりましたが、清夜さんと小夜さんの魂は、彼女達が迷わぬよう私が魂を上げさせて頂きました」
清夜と小夜は、再生を望まなかった。久吾は彼女等を見送り、そのことを天使達に伝えたのだ。
「………」
…皆、言葉が出てこない。いくら人権への理解が無い時代と言えど、あまりにもひどい話だ。
「…それから、天使達の気持ちを考え、その地を離れました。その際、しばらく彩葉さんの曾祖母様である、みねさんのところでお世話になっていたんです」
彩葉が、ああ、と言う。ふーちゃんが休眠し、意識が戻った頃には人間世界における、いわゆる第二次世界大戦は終戦を迎えていた。
「…その後、私はみねさん達の勧めで自宅を構えることになりましてね。先程のハチさんにも手伝って頂いて、今のあの家があるんです」
久吾一人ならば家は必要ないのだが、天使とはいえ子供達がいるのであれば、くつろげる家が必要だろう、となったのだ。
ハチが手伝った、と聞き、皆が頷く。飛空船の住居スペースを造る様子を見ていれば、誰もが納得だろう。
「…それからは、今とほとんど変わらないですかね。佐久間さんと出会って、ミカエル達はお店での買い物のやり方などを、佐久間さんや彼の奥様に教わったりして、人間の世界に馴染んでいきましたよ。…昔から比べると平和なものです」
…余談であるが、久吾が戦時中にいた山寺の住職は、当時の政府の要人の親戚筋であり、霊薬もその要人からの極秘の依頼であったようだ。
それから佐久間も、その要人の友であったことから、久吾との縁をつないでおくための出会いだったようだが、久吾と佐久間は要人が亡くなった後も、きっかけに関係なく友人となっている。
―――語り終えた久吾に、倉橋が言う。
「………成程な。今の話を聞いて、よぉく分かったよ」
「?」
久吾や皆が倉橋を見る。倉橋は、
「何ていうか…、お前さんは確かに人間とは違う。違うけどなぁ、………生まれてすぐに日本に来てから、ずーっと日本にいるんだろう? それも、ここにいる日本人の中の、誰よりも長く長く…」
皆が頷く。倉橋は続けて、
「確かに久吾さんは、人間じゃないかも知れねぇけど、…だけど間違いなく、ここにいる誰よりも日本人だよ。生まれが違うだけで、生粋の日本人だと俺は思う」
すると、石塚も頷き、
「うん。俺もそう思います。俺等の大先輩だ」
月岡や風月も頷く。章夫が、
「本当にそうですね、日本の生き証人ていうか…、歴史書じゃなくて、正しく地に足のついた日本の生き字引ですよね」
…倉橋達のそんな言葉に、久吾は少し微笑んで、
「………ありがとうございます、皆さん」
そのように礼を述べた。
―――そう話をしていると、ミスターが久吾のそばにやって来た。ハイドとシークも一緒だ。
「久吾、話がある。重大な話だ」
「?」
重大、と聞いて久吾は訝しむ。すると緑のテディ・ハイドが、
「久吾、お前、選ばれたぞ」
「? …選ばれた?」
どういうことか、と思っていると、青のテディ・シークが、
「案内するから一緒に来い。…あーあ、結局ラファエル達に会えずじまいかぁ」
ため息混じりにそう言うシークに、久吾は、
「一体どういう…、何処に案内する、と?」
するとテディ達は、二体揃って、
「「女神がお前に会いたいってさ」」