18-8 南極へ
「久吾さん…、No.795…、…!」
章夫や倉橋、月岡などが気付いたらしい。ミスターの話は続く。
「先程の映像でホワイトハウスを破壊したのが、私と同じ《一桁》・《2》…、2番だ。彼は今、恐らく我等を遥かに凌ぐ能力を得た。彼は元々、人間を良く思っていなかったのだが…。同様に《一桁》の《9》…、錬金術の能力も持った9番の彼女と共に、方舟を再構築し…」
そこでミスターが口ごもる。数人の人間が「?」と訝しんでいると、ピエールと一緒にいたリュシーが、
「…『洪水は四十日のあいだ地上にあった。水が増して方舟を浮べたので、方舟は地から高くあがった』…。…まさか」
顔色を青くさせてそう言う。旧約聖書の一節だ。ミスターが頷きながら、
「…考えたくはないが、その通りだ。今の《2》であれば、世界を洪水で飲み込むことも、恐らく可能だ」
全員が息を呑む。
しばらくの沈黙のあと、ギルと共にいた別の子供が疑問を投げかける。
「…でも、何でそのベートって人は、ギルを連れて行こうとするの? …ギル、何も悪いことしてないのに…」
不安だったのか、そう言った少女は泣き出した。ギルは自分に泣きつく少女に、「ここにいれば大丈夫だ」と言いながら頭を撫でる。
これに答えたのは、No.56だった。
「奴の狙いは、まずは人間達へ圧倒的な力を見せつけることなんだろうな。俺達を差し出させ、人間達に救いの道があるように思わせる…。その実、殆どの人間は洪水で流すつもりだろうけどな」
ミスターも、これには疑問だった。
「《2》は、ノア、と言うより、『神』にでもなるつもりなのか…」
「為政者ってのは昔からそんなもんだよ。《2》は人間が嫌いなんだろう? 人間達に期待を持たせといて、どん底に突き落とす…。自分と同じ、俺達複製の中で、自分が一番力があることを見せつけ、残した人間に逆らう気を一切持たせないようにしたいんだろうな。性格悪いぜ」
No.56はそう言ってため息をつく。ここまで黙って話を聞いていた《5》が、
「…多分、それを考えたのは《9》よ。そもそも《2》は人間を嫌っている上に、興味が無いのだもの」
No.56は、なるほど、と言いながら、
「性格悪いのは、あの女の方か」
そう言って笑っていた。
ここまで話を進めていたミスターが、
「人間諸君、君達を巻き込んでしまったが、私達はこの飛空船で、現在《2》達の拠点となっている南極に向かおうと思う」
一瞬、場がどよめく。ミスターは続けて、
「君達のここでの生活は保障しよう。洪水発生のタイミングは、映像の通りであれば最短で三日後の日没…。その間、我々と共にあった君達は、地上にいれば他の人間達に詰め寄られ、我々と同様に吊るし上げられるだろう。場合によっては、命を落とす可能性もあるかも知れない。なので、ここに留まることを勧めるが、よろしいか?」
すると、一人の人間の男がミスターに質問する。
「待ってくれ、ずっとここにいなきゃいけないのか?」
「…君は?」
代わりにNo.56が答える。
「コイツらはウチの組織の連中だ。…ウチも一枚岩じゃねぇからな、俺を差し出した方が良いって連中と、コイツらみたいに守ろうとしてくれる連中とで二分してるんだ」
「当たり前じゃないですか! 俺等みんな、ガキの頃からあんたに世話になってんだ!」
No.56が連れて来た人間は十数人いた。ミスターは彼等を見ながら、
「ずっと、か…。我等が《2》を説得出来なければ、どのみち人の世は終わる」
皆が息を呑む。組織の者の一人が、
「…せ、説得、出来るのか?」
「どうだろうな、闘わねばならぬかも知れん。…後は、何とかして天使達を解放するしかない。我等を倒せるのは、他ならぬ天使達の能力なのだから」
「…そうだ。とにかく南極に行くしかねぇ」
ハチが起きた。皆がハチを見る。
「俺達を差し出したがってる人間達から、俺等を守ろうとしてくれる、お前らみてぇな酔狂な人間達を、俺達は守ってやりてぇんだ。色々思うところはあるだろうが、ここにいてもらえるか」
ハチの言葉に、ミスターも頷きながら、
「…我等の能力で、必ず《2》達を止めてみせる。約束しよう」
そう言うと、ふいにシェリルとダリオがこちらにやって来た。
「ミスター、食事の用意が出来たわよ。出来たら手伝ってくれると助かるんだけど…」
え? と人間達が戸惑っている。
「そうだな。我等には必要ないが、人間の者達にはひとまず休息を取って頂こう」
そう言って話を区切り、全員を移動させた。
◇ ◇ ◇
「! 美味しい…」
ギルが連れて来た子供達が、夢中で食べている。
マルグリットや人間の女性達で、手分けして配膳などをしていた。羽亜人も手伝っている。
キーラとオリヴィアは、ぬいぐるみ達に「え? 食べるの?」と聞きながら自分達も食事を取っていたのだが、そこへハチがやって来た。
「よぉ。…お前らも食うのかよ」
「ん? ハッチャンも食べるの?」
もぐもぐと食事をつまみながら、もっちーがハチに声をかけるが、ハチは、
「いや、ちょっとな。…もつこ、悪いがお前さんに頼みがあるんだ」
「?」
全員が、オリヴィアに餌付けされているもつこを見た。