17-2 謁見前夜〜宮殿へ
「………ふぅ。良いなぁ、風呂ってのは」
「ええ」
―――その日の夜。
ハチと久吾が露天風呂に浸かっている。
本来、彼等の身体は自浄機能があるので風呂も必要無いのだが、久吾は湯に浸かるという行為は気に入っているのだ。
ここは結界に包まれた名奈家の本体がある、樹海の中の秘湯だ。
「…ハチさん」
「うん?」
久吾は湯の中で夜空の星を見上げながら、
「ファリダさん、ハチさんのこと覚えていなくても、気にはなっているようですね」
ハチは頭を掻きながら、
「…ん、まぁ…、正直思い出さねぇ方が、アイツにとっては幸せだと思うんだがな…」
ハチ自身もファリダを気にしているのだろう。久吾は笑って、
「何かあれば、私がハチさんに報告しますよ。…それよりハチさん」
「うん?」
今度は何だ、とハチが訝しむと、
「前にあなた、我々に備わってるチップ、抜かれると死んじゃうみたいなこと言ってたのに…、先日《6》さんが、殺すつもりはない、チップを抜いて野に放つ、とか言ってませんでした?」
納得いかない顔で久吾が尋ねると、ハチは、ああ、と言いながら、
「《6》の野郎が色々実験しながら、複製を殺さずにチップを入替える方法を見つけたみてぇだがな…、正直迷惑な話だ」
「?」
久吾が分からずにいると、ハチは忌々しげに、
「結局、情報の無いサラのチップなんて入れられても、感情も知識もない、人間で言うところの『廃人』だからな。…最悪だろ?」
聞いて久吾も顔をしかめる。
「《6》さんって、つくづくロクでもない方ですね。…というかハチさん、私がやられちゃったら大変だったじゃないですか」
久吾にそう言われ、ハチは笑いながら、
「お前なら大丈夫だと思ってたからな。ミスターもお前の強さには一目置いてるしよ」
えぇ…、と久吾は呻いたが、ハチは変わらず笑っている。すると久吾は、ふと思い出したように、
「…そういえば《6》さん、気配はあるのに千里眼で姿が見えないんですよね」
「? …まぁ明日行けばいるだろ? 会いたかねぇけど…」
久吾が、そうですね、と頷くと、何やら賑やかな声が近づいてきた。
「「?」」
久吾とハチが何事かと思っていると、
「…あ! ななさん達入ってた!」
みー君の声がした。子供達がそろって裸でやって来たのだ。ぬいぐるみ達もいる。久吾が驚いて、
「え!? 皆さんも入るんですか!?」
そう聞くとラファエルが、
「たまには良いだろ。日本にいるんだから温泉くらい入っとかないとな」
するとハチが、
「おう、入れ入れ。湯上がりの乾燥は俺がやってやるよ」
ハチがいれば、能力で汚れの除去や水分の蒸発もお手のものだ。
静かだった樹海の秘湯に、賑やかな声が響き渡った。
◇ ◇ ◇
―――翌日。
「準備はいいか? じゃあ行くぞ」
転移門の座標を合わせ、ハチと久吾、それから四人の天使達が宮殿へと向かう。
ぬいぐるみ達はお留守番だ。
「オレっち達、守護者なのに…」
もっちーがしょんぼり言うと、みー君がもっちーを抱き上げ、ほおずりしながら、
「すぐ帰るからね、待っててね!」
もっちーは、みー君に、ぺたん、とくっつきながら、「うん!」と元気よく返事をした。
ハイドとシーク、めぇともつこも、それぞれ行ってらっしゃいの挨拶をし、一行は手を振りながら転移門をくぐって行った。
◇ ◇ ◇
―――たどり着いたその場所は、巨大な氷の上。
「転移門も内部へは一切干渉出来ないからな。…確かそこに入口があるはずだ」
ハチがとある場所を指す。氷の表面をカモフラージュしてあるが、近づくと、フォン、と音がして、下へと続く空洞が現れた。
「このままだと普通に落っこっちまうから、いつもはミスター…、《1》が迎えに来てくれるんだが、今日は…。…おい、久吾」
ハチに促され、久吾が一行を透明の球体に包み込む。
そのまま球体は、フワリ、と浮かび、スーッ、と空洞を下へと移動していった。
―――到着した場所は、無機質な広い部屋。
過去、久吾達複製を造るために設置された試験管や機材は、現在全て取り払われている。
中央に浮かび、ほんのりと光り輝く鉱物はオリハルコン。二千年前と変わらぬ姿を留めて、《0》と『方舟』を護っている。
オリハルコンから少し離れた場所に、豪奢なソファーがある。その端にミスター…、《1》と、反対側に《4》。
そして、ソファーをまるで玉座のようにして謁見の体勢を取る四人の人影。
《2》、《5》、《7》、《9》が、宮殿にたどり着いた一行を振り返って見た。
「………来たか」
《2》の声を合図に四人の人影が動き、ソファーに座る人影が見える。
《0》だ。
一行の姿を見た《0》は、弱々しくも、にっこりと笑い、
「………おかえり、子供達よ」
そう言って、手を広げた。