17-1 謁見前日
12月なので。
「…三日後って言ってませんでした?」
ここは名奈家。
宮殿行きを明日に控えたこの日、何故かハチが名奈家の応接間で日本酒を手酌で呑んでいる。
「カタイこと言うなよ。ヒマだったからさぁ」
本日は皆で掃除中の名奈家である。
ぬいぐるみ達は、めぇが庭を掃いているくらいだが、みー君とラファエルが縁側の雑巾がけで楽しそうに競争していた。
ふーちゃんとうーちゃんは、ハタキでほこりを落としている。
その様子を見ながらハチは、
「…ふーん、ちょっと手伝ってやろうか?」
ぐびり、と大きめの猪口の中身を飲み干すと、何やら能力を使う。すると、家中の微細なゴミやほこりが空間の一箇所に集まり、ゴルフボールほどの大きさに固まった。
「え」
久吾が驚いていると、
「お前ん家、元々キレイにしてるんだな」
ハチはそう言うと、また酒を猪口に注ぐ。
「わ! ほこり無くなっちゃった!」
ふーちゃん達が驚いている。久吾は少し顔をしかめて、
「…ちょっとハチさん、掃除の邪魔は…、…うーん、邪魔…、じゃないですねぇ」
何と言っていいのか、悩んでしまった。ハチは笑って、
「だから手伝ったんだって。便利だろ」
そう言いながら呑むハチを見ながら、久吾は、
「………ハチさん、ずっと呑んでますけど、中身とっくに無くなってるはずじゃ…」
「ああ、造りながら呑んでるからな」
え、と驚く久吾を余所に、ハチは指先に念を集中させて、何やら水球を造っている。それを瓶に追加しながら、
「『鑑定眼』で成分の構成は把握してるからな。大抵のモンは造れちまうんだ」
そう言ってまた、ぐびり、と呑む。
「…何でもアリですねぇ」
感心しているのか呆れているのか、直接猪口に入れないのだなぁと思いながら久吾がそう言うと、もっちーがヘルメットに乗って、コロコロ、とハチの下にやってきた。
「ハッチャン、スゲー! 大福アイスも作れちゃう?」
そう小首をかしげて可愛く言う。ハチはにっこりと笑いながら、
「おう、作れちゃうぞ。ちょいと待ってろ」
そう言って再び指先に念を集中すると、みるみるうちに丸く形を成し、大福アイスが出来た。
「!」
驚くもっちーの口の中に、ハチは出来立ての大福アイスを放り込む。
「…ムグムグ…、…! スッゲー! ホントに出来てる!」
喜ぶもっちーを見ながらハチは、
「元素成分はあらゆるところにあるからな。カリウム、ナトリウム、炭水化物や糖質なんかもPKで集めて合成すりゃ大抵のモンは出来るぞ」
すると、もつこもやって来て、ハチに、
「ねーねー、ハチおじさん、イチゴ大福アイスも作れちゃう?」
もっちー同様、可愛く小首をかしげておねだりするが、ハチはちょっと困って、
「いやぁ、現物見たことないヤツはムリだな。…コレ、イチゴ味もあんのか?」
そう言って、もう一つ大福アイスを作るが、もつこがショックで泣いている。
「…うう、期間限定だから、もう売ってないの。…シクシク…」
泣いているもつこに、ハチは慌てて、
「お、おい久吾、どーすりゃいいんだ?」
しかし、すぐさまふーちゃんがもつこを抱き上げ、
「もつこちゃん、泣かないで、ね」
ポンポン、と軽く叩くと、もつこはふーちゃんに、ペタン、とくっつきながら「はーい」と返事をし、貝殻ベッドに寝かせてもらっていた。
ハチはその様子を、やれやれ、と見ながら、追加で作った大福アイスをもっちーの口に放り込み、
「チビッコがいると大変だな。お前、よくやってるな」
久吾に向かってそう言うが、久吾は、
「いえ、私もそれほど面倒見てる訳では…」
…ここにいるのは子供の姿をしていても、人間の子供にするような世話は必要ない者ばかりだ。
そもそも天使達などは久吾よりも長く生きて(?)いる。
…だが、子供の姿であれば、周りの大人は『子供』として扱う。そのように扱われれば、天使達は自ずと子供らしく振る舞うのである。
ハチは久吾がそう言うので、へえ、と答える。
「…で、ハチさん。結局お酒呑みに来ただけなんですか?」
久吾に言われ、ハチは、
「いや、そーゆう訳じゃねーけど…。どーせなら宮殿に一緒に行こうと思ってよ。…あと、その…」
急に口ごもる。久吾が「?」と思っていると、
「ハッチャン、ファリリンならだいじょーぶだぞ!」
もっちーが声をかけた。聞いてハチは、
「…! …そうか」
安心したのか、ホッとした顔をしている。
「ファリファリのヤツ、オレっち達のコトもすっかり忘れてるし…、仕方ねーからファリが来てもフツーのぬいぐるみのフリしなきゃなんねーの! メンドーだぞ!」
ぷんすか怒るもっちーだが、どこか寂しそうだ。
すると庭掃除を終えためぇが、もっちーを優しく、ポンポン、と軽く叩く。
「…まぁ、ファリダのヤツが元気でやってるなら良いんだ。アイツの生まれ故郷にゃ、もう誰も知り合いいねーしな。…よし! 今日は何か欲しいモンで俺が分かるヤツなら、何でも作ってやるぞ!」
子供達が、わぁ! と喜ぶが、久吾は、えぇ…、と呻いた。
(………ハチさん、ホントに何しに来たんでしょうね)
そう思いながら、久吾は一人来客用トイレを掃除しに行った。
ハチさん能力の無駄使い。