16-7 《0》の夢・その6
『…良かった、繋がったね。やはりオリハルコンなら、中継が可能だ。…恐らく、一度きりだろうが』
そう言ったのは、黒髪…。あれは、ミカエルの本体だろうか。
『ノア、我等の分身と共に行動してくれて、感謝する。…だが、もう良い』
長い銀の髪に、薄い青の瞳。ラファエルの本体だろう。ノアは思わず、
「な、何故です? 能力を取り戻した今なら、救済の旅もはかどると…」
『いいえ、もう無理。…既に現実界は、人間の数がとてつもなく増えてしまった』
栗色の髪の天使が言う。あの面影は、ガブリエルだろうか。そばにいた金髪の天使…、恐らくウリエルの本体が、
『もう、その世界に我等が実在出来る場所など無い。既に殆どの『神』は、元型界や創造界にその身を移している』
ノアも分身達も驚いた。ノアは本体達に、
「…では、我々もそちらへ行くべきなのでしょうか?」
そう聞くと、ミカエルの本体が首を横に振り、
『…すまない。君達をこちらに迎え入れることは出来ない。既に君達は、我等の世界でも異例なのだ』
分身達は愕然としながら、本体達を見る。ラファエルの本体が、
『そう…、そして、我等のその分身達も、既に人間には認識出来なくなっている。恐らくオリハルコンのお陰で、やっと自我を保っているのだろう』
「そ、そんな…! この子達は、こんなにはっきりとここに…」
ノアが言うと、ガブリエルの本体が、
『それは、ノア。…あなたが『視える』から』
ノアは、はっ、と気付く。ウリエルの本体が続けて、
『恐らく『方舟』から出てしまえば、残念だが我等の分身達は、確実に消える』
「あ………」
ノアはがっくりとうなだれた。せっかく能力を取り戻したというのに、遅すぎたという事実を突き付けられ、愕然とする。
「………それでは、我等は今後、ずっとこの『方舟』の中にいろ、と…、そういうことでしょうか?」
ノアがそう言うと、ミカエルの本体が首を横に振った。
『違う』
ノアは、はっ、と顔を上げる。ミカエルの本体は、
『我等の分身を救済するのなら、依代が必要だ。それに地球の因子…、それも、オリハルコンに含まれる以上の、純度の高い因子を使わねばならない』
ラファエルの本体が続ける。
『現実界…、地球の深層にいるはずの地球の意思…。彼女に会わねばなるまい』
ノアが驚く。そんな者が存在するのか、と。ウリエルの本体が、
『あなた一人では無理。あなたにも分身が必要』
分身…? ノアが訝しんでいると、ガブリエルの本体が、
『あなたなら出来るはず。あなたの複製を造り、手分けして我等の分身を救済することが…』
それはつまり、ノア自身を元に人造人間を造る、ということだ。ノアがそう理解すると、ミカエルの本体が、
『そう…。そして、その君の分身は、我等の分身が『視え』なければならない。…君と同じく『視える』者がいれば、我等の分身の救済は可能になる』
聞いてノアは理解し、
「…その者と一緒に、依代に子供達の精神体を定着させ、純度の高い地球の因子を使って、依代を完全に受肉させる、ということですね。………その者が生まれるまで、複製を造り続けるしかありませんね」
ミカエルの本体はにっこりと笑い、
『………ありがとう。君には苦労をかけてしまうね』
ノアは首を振り、笑顔で答えた。
「とんでもない。私は、この子達のためなら何でもします。…まずは、私の分身を造りながら、この子達の依代も造っていきましょう」
ノアの言葉を聞き、本体達は嬉しそうに笑顔を見せ、映像は消えていった。
―――知識の全てを思い出したノアは、依代や人造人間作成の手順も理解している。
素材は世界の各地に瞬間移動して集めることが出来るし、錬金術の能力を使って道具を造ることも出来る。
精神体となった子供達は、退屈そうにオリハルコンのそばで眠り、起きてはノアのやることを見ていた。
オリハルコンのそばにいれば、子供達が消滅することはない。
ノアは時々子供達と話をしながら、作成に勤しんでいた。
◇ ◇ ◇
「………完成した。まずは、一体…」
子供達の依代は既に造り上げ、方舟の一角に保存してある。
自分の複製も、どうせなら、と身体を黄金比率で計図した。この身体なら、衰えていく自分以上の働きをしてくれるはずだ。
まず完成したのは、《1》。
「……………」
静かに目を開けた自分の複製に、ノアは問いかける。
「…意識はあるかい? 君は、《1》だ」
《1》は答える。
「………ええ、ノア。私はあなたの分身…、複製です」
そう言われ、ノアは少し考える。
「………そう、君は私の分身。…だが、そうだな…。私はもう、『ノア』をやめようと思う。人間達にそう呼ばれるのも、もう嫌なんだ。…もう、何者でもないんだよ」
「?」
《1》がノアを見る。ノアは、
「君が《1》なのだから…、そう、私は………」
ノアは、思いついたように言った。
「………私は、《0》だ」