16-6 《0》の夢・その5
―――数日は歩いただろうか。
「………ごめんなさい、もう私、歩けない…」
ガブリエルが倒れた。月のない夜だった。
「…ノア、少し休もう」
ミカエルに言われ、ノアはウリエルとラファエルを抱えたまま足を止める。ノアは、
「…無理をさせてすまない、ガブリエル。…大丈夫か?」
聞かれて、ガブリエルは力なく首を振る。
三人の様子を見ながら、ミカエルが、
「…ノア、みんなをこっちへ。寝かせてくれる?」
草陰へ移動し、三人を寝かせる。するとミカエルが翼を広げ、三人に向かって光を放つ。
「!」
ウリエル、ラファエル、ガブリエルの三人の身体が、それぞれ手のひら程のサイズに小さくなった。
「………これなら力の温存も出来るし、君が運ぶのも楽になると思うよ」
にっこりと笑うミカエルだったが、そう言ったそばから、ふらり、と立ちくらみを起こしている。
ノアはすぐに駆け寄り、ミカエルを抱き止め、
「大丈夫か?」
ミカエルは気丈に笑顔を作るが、ノアはミカエルを抱え、
「…ミカエル、君が皆を抱えてくれ。君を私が抱えれば良いだろう」
そう言って、小さくなった三人をミカエルに託す。
「…うん。ありがと」
ノアは天使達を抱え、走り出す。アララト山はもうすぐだ。
◇ ◇ ◇
「………入口、一体どこに…」
一行はアララト山に到着したものの、ノアは未だ方舟の場所が分からない。
ミカエルは三人を抱えながら、ノアの腕の中で朦朧としている。
「………ノア」
「! …どうした? ミカエル」
ノアが聞くと、ミカエルが、
「………ボク達、君を蘇らせて、…一緒に旅を、して…、………楽しかったよ。ありがとうね」
ノアは驚き、叫ぶ。
「な…、何を言っている! 今生の別れでもあるまいに! …待っていろ! 今、…今、方舟の入口を…」
だが、腕の中の天使達の気配が、段々と薄まり始めていた。
ノアは必死に山の中を走り回る。
「くっ…、駄目だ、消えるな…、消えるな! 私を残していかないでくれ! …お願いだ、天使達よ………」
少し窪んだその場所に駆け込み、ノアは、
「………子供達よ、消えないでくれ!」
そう叫んだ時。
『個体名『ノア』の声紋を確認―――認証完了』
ふいに聞こえた音声とともに、一行の姿は、フッ、と転移させられた。
◇ ◇ ◇
「………ここは。…今の、声は………」
聞き覚えのある声だった。機械的な音声だったが、あれは、間違いなく………、
「………ナアマ、なのか?」
ノアは思わず、妻の名を口にした。
…が、返事はない。そして、転移したその場所は、石壁とは違う、つるりとした壁に覆われた無機質な広い部屋。
ただ、その中央には大きな鉱物が光って宙に浮いている。
「…これ、は?」
ノアが鉱物に触れた、その時。
ノアの脳裏に、記憶が溢れていく。
「…そうだ! 私は………!」
ノアの、生前の記憶が蘇る。
―――『失われた技術』。
今となっては、誰も覚えていない知識と技術。
…ノアは科学者だ。同時に地球の先住人として、特殊な能力も兼ね備えていた。
『神』と呼ばれる先住民と『人間』の、中間のようなものだろうが、ノアは特に強力な能力を持っていた。
…が、唯一神の計画を知らされた時、『方舟』で家族を守る代わりに、自らの能力の封印を約束した。
それは、ノア自らが望んだことでもある。
今後、普通の人間達と共存していく上で、強大過ぎる能力は危険、と判断したのだ。
「………思い出した。私の、封じていた能力も戻ってきたな」
『方舟』への認証キーワードは『子供達』だった。そして『方舟』の管理には、妻・ナアマの思念を組み込んでいた。
目の前にある、ほのかに光る鉱物は『オリハルコン』。
真鍮・銅等の合金であると言われているが、ここにあるものは、合金に『地球の因子』が加わっている、万能の鉱物だ。
ノアは念動力で、オリハルコンから地球の因子を抽出し、天使達に送り込む。
すると、天使達の気配が落ち着いた。
((………ノア、ここは…))
ミカエルが目覚めた。ガブリエル、ラファエル、ウリエルもそれぞれ意識を取り戻し、身体のサイズも元に戻る。ノアは安堵し、
「…良かった、もう大丈夫だ。ここは『方舟』の内部だよ」
天使達は各々の翼を広げ、方舟内を飛び回った。
((すごい! これが方舟の中なのね!?))
ウリエルが嬉しそうに飛び回りながら言った。ラファエルも熱心に内部を見て回る。
ミカエルもガブリエルも楽しそうだ。この中であれば、翼を隠す必要もない。
「私もかつての能力を取り戻した。これでまた、消えかけている仲間達を…」
そう話していると、オリハルコンの前に何かが姿を現した。
「!?」
それは、幻影…、映像だった。四人の人物。
((…え!? ど、どーして!?))
ミカエルが驚く。ミカエルだけではなく、ガブリエル達も驚いていた。
四人の人物は、天使達がそのまま育ったような、大人の姿。
ただ、長く伸びた頭髪と、その背の翼の数は六枚になっていた。四人とも、男性とも女性とも言えない、中性的な美しい姿をしている。
天使達の、本体の姿だった。