幕間 南極宮殿の料理番
本編に入る前に。
《3》の暇つぶしのため、以前は人間を別の場所に用意していたが、いつからか南極宮殿に人間を住まわせるようになり、宮殿の一角に人間用の設備…、トイレや風呂、台所などの生活空間をあつらえていた。
設備は《5》が資料を人間から集め、《6》と《9》に造らせたのだが、料理を作るのは、やはり人間でないと無理だった。
―――そこで、人買いからの伝手で料理人を確保しているのだが…。
「…材料、これで問題ないかしら?」
《5》が念動力で運んだ食材を、宮殿で雇われている料理人・ルネが氷室に納める。
宮殿の料理番は、彼で何人目になるだろうか。ルネは、年の頃は三十前後の人の良さそうな青年だ。
「ありがとうございます、へー様。後で何か作って持っていきましょうか?」
すると《5》は、少し考えて、
「………そうね、シャルドネがあるから、それに合わせたものと、後はオリヴィアとキーラに甘いものでも用意してくれる?」
白ワインと聞いて、ルネは笑いながら、
「それじゃ、へー様にはパルミジャーノ(チーズ)とドライフルーツを、お嬢さん達には…、タルトでも焼きましょうか。良いリンゴが入りましたからね」
《5》は、任せるわ、と言って、自分の領域に戻っていった。
「さて………」
ルネが早速、食材を用意していると、
「おい」
声をかけてきた者がいた。《7》だ。
「おや、ザイン様。…ハイハイ、用意しておきましたよ」
ルネは氷室とは別の、少し小さめの冷蔵庫から、キレイに盛り付けたフルーツパルフェを出して、
「はい、どうぞ」
「おお、美味そうだな」
《7》は嬉しそうに、パルフェを受け取った。
「これからタルトを焼くんですが、ザイン様の分も取っときましょうか?」
《7》が、ピクッ、と反応し、
「………うむ、頼む」
そう言って、《7》も自分の領域に戻っていった。
(…あの方、ホントに甘いもの好きだなぁ)
ルネはそう思いながら、作業に取り掛かろうとすると、今度は《9》が現れ、
「ルネさぁん」
にっこりと声をかける。ルネは、ああ、と言いながら、
「テット様、…ハイハイ、少しだけお待ちください」
そう言って氷室とは別の、酒蔵になっている場所に行き、酒瓶を一つ取って、
「はい、届きましたよ。お待ちかねのコニャック。レミーマルタンです」
《9》は嬉しそうに、
「ありがと。…ああ、あとぉ…」
「分かってますって。えーと………、ハイ」
ルネは氷室から、バニラアイスのパックとチョコレートを出して、《9》に渡した。
《9》はルネに礼を言い、自分の領域に戻っていく。
(…ここの女性みんな、お酒好きだよなぁ。ギメル様いなくなっちゃったけど…)
ルネはそう思いながら、作業に取り掛かった。
◇ ◇ ◇
完成したタルトと、《5》用のおつまみを乗せたトレーを運びながら、ルネが宮殿を歩いていると、向かいから《2》がやって来る。
(あ………)
ルネはペコリと挨拶をし、道を譲る。
《2》が通り過ぎて行くが、ルネは、
「あ、あの! ベート様…」
声をかけてみる。
《2》は振り向くと、
「………何だ」
無表情でそう言った。ルネは恐る恐る、
「その…、ベート様にも何か、お作りしましょうか?」
《2》は、ふい、と顔を背け、
「…要らぬ」
そう言って、去ってしまった。
ルネは、やっぱり、と思いながら、
(…一回くらい、何か作ったもの食べて欲しいなぁ)
気を取り直して、《5》の領域に向かっていった。
◇ ◇ ◇
「ルネさんのりんごタルト、すっごく美味しかったよ」
「ルネさんの作るもの、全部美味しい。ありがと」
宮殿にいる人間は今、オリヴィアとキーラ、ルネの3人だけだ。
なので普段の食事は、3人で一緒に取っている。
二人とも、すっかりフランス語をマスターし、ルネとの意思疎通もバッチリだ。
(…何ていうか、ここに来てから2年くらい経つけど…)
食材の買出しは客船で連れて行ってもらうのだが、それ以外は自分達の賄いと、望まれた時に料理をするだけである。
破格の報酬は既に振り込まれていた。
宮殿にいると使い道はないのだが、ネット環境も(《5》のお陰で)整っているし、ルネはもともと職場の人間関係に疲れていたところに、常連客(裏組織の者)の勧めで宮殿に口を利いてもらったので、むしろ居心地が良かったのだ。
「…だけど、スゴイよね、ルネさん」
キーラがふいに、そう言った。
「? 何が?」
驚いてルネが聞くと、キーラは、
「ここの男の人達の区別、何ですぐ分かるの?」
ルネは、ああ、と言いながら、
「何ていうか…、雰囲気? 皆さん全然違うよね」
キーラとオリヴィアが、へぇ、と感心していると、ふいにルネが、人の気配を感じて台所を見る。
《2》が鍋を見ていた。
「あ、あれ!? ベート様!? …珍しいですね」
慌てて食事の手を止め、走り寄ると、
「………これは?」
鍋を見て《2》が訝しむ。ルネは、
「へ? ビーフシチュー、ですけど…」
言うと《2》が顔をしかめ、「ビーフ…」と呟くと、ふい、と行ってしまった。
「………」
ルネは首をかしげながら、《2》が去った方向を見ていた。
◇ ◇ ◇
「ベート様!」
宮殿の廊下で《2》を見つけたルネが、声をかけて注意深く走り寄る。手にはシチューとパンの乗ったトレーを持っていた。
「………?」
《2》が振り向くと、ルネは、
「…これ、大豆ミートって言って、肉の代わりに豆を使っているんです。良かったら…」
「………」
ルネはニコニコしながら、
「味はほぼ一緒ですからね」
そう言って、はい、とトレーごとシチューを渡す。《2》は訝しんだまま、それを受け取った。
「………」
◇ ◇ ◇
―――翌日。
空になった器が、トレーに乗って台所に戻されていた。メモが乗っている。
悪くない、と書いてあった。
「………や、…ったぁ!」
ルネはそれを見て、嬉しそうにガッツポーズをとっていた。
フライングになっちゃった。
10月から本編です。
〜追記〜
『ルネ』は投稿時『シモン』でした。
ですが、最初に決めていた名前は元々『ルネ』でした。
諸事情により変更したのですが、ずっとモヤっていたので『ルネ』に戻しました。
万一『シモン』で馴染んでた方がいらしたら申し訳ありませんm(__)m