15-5 舞台裏にて
「よう、久吾さん」
会場のロビーで、ふいに久吾は声をかけられた。
倉橋だ。その後ろに、月岡と風月もいた。
「おや、倉さん。月岡さん達も…。良かった、来られたんですね」
風月は素直に嬉しそうだったが、月岡は恐縮しているようで、
「…俺達も来て良かったんですか?」
心配そうにしている。すると倉橋が、
「良いんだよ。沼田の野郎、少しは部下を労れってんだ」
風月が嬉しそうに、
「沼田署長、倉橋さんがいなくなってから、月岡さんに色々仕事押し付けてましたからね。今日ビシッと言ってくれて、助かりました!」
「ハハ、だろ? 久吾さんも、今日は誘ってくれてありがとな。後で石塚も来るってよ」
「いえいえ。こんな機会、滅多にないですからね」
―――久吾は、懇意にしている人達に声をかけてみたところ、思ったより多くの者が興味を抱いてくれた。
伊川親子や風月の妹・水波なども、会場からさほど離れていない場所に住んでいる者達は、観たいと言ってくれたので招待した。かしこまった席ではないので、普段着でどうぞ、と言ってある。
一応名執家にも声をかけてみた。光栄は彩葉にも会えると喜び、娘夫婦と前日から泊まりがけでこちらに来ていた。
「久吾おじ様!」
彩葉親子と光栄が、久吾に声をかけてきた。
軽く言葉を交わし、談笑していると、
(わあ…、彩葉先輩も来てる。やったぁ)
裕人が嬉しそうに彩葉を見ていた。すると彩葉に気付かれた。
「あれ? 裕人君?」
「ほぇっ!? い、彩葉先輩…」
父の章夫も久吾と話をしている。…と思ったら、こちらに気付いて「いつも息子がお世話になっています」と、彩葉達に挨拶をした。
少しして、石塚がやって来て倉橋達と合流し、その後に水波も風月と合流した。
…何だか不思議な光景だった。
気が付けば久吾は、様々な縁を繋いでいたのだなぁ、と少し感慨にふけっていた。
「…人間も結構来てるんだな」
ふいに久吾は、後ろから声をかけられた。ハチだ。マイシャと一緒だった。
ハチもいつも通りのスモッグだが、マイシャも何故か同じものを着ていた。
「マイシャさん、お久しぶりです。…そうですね。皆さん、人間と関わって生活しておられるのですね」
ロビーに大弥や羽亜人達もやって来た。四人の間には、ファリダも混じっている。ハチは感慨深げに、
「…そうだな、後で仲間達を紹介してやるよ。…そろそろ開演だろ?」
「ええ、席につきましょうか」
ロビーにいた者達が、続々と会場内に入っていく。
◇ ◇ ◇
「―――ミスターはまだですかね?」
席について久吾が聞くと、ハチが、
「え? ミスターと連絡ついたのか?」
驚くので、久吾はラファエルがそう言っていたことを告げた。
「そうか…。天使達とは連絡取ってたんだな」
「………」
久吾は、《0》が目覚めたことをハチに言うべきか迷っていた。恐らく、ミスターは現在《0》のもとにいるのでは、と推測していたのだ。
「あら? ハチさん達、後ろの席なのね」
ふいに声をかけられた。マルグリットだ。
「おや、マルグリットさん。先日はどうも」
「よぉ。お前さんの家族か?」
マルグリットは隣に座る初老の夫婦と、その間に座る少年を紹介し、
「一応、私の玄孫に当たるのかしらね。イルゼとその旦那様…、それからイルゼの孫のルーペルトよ」
「Guten Abend」
(こんばんは)
ルーペルトが挨拶をした。イルゼがドイツ語で、
『大お祖母様と一緒にご招待頂きありがとうございます。転移門ってすごいわねぇ』
するとハチが、
『転移門のことは絶対に内緒だぜ』
そう釘を刺すと、マルグリットの家族は、もちろんです、と頷いていた。
マルグリットの前の席には、やはり自分達と同じ顔の男がいる。ラフなシャツを着た彼は、ハチの方を見て手を振っていた。ハチも手で合図する。
「スミスってんだ。アメリカの大学で電子工学の客員教授やってんだぜ。時々俺んとこに来て情報交換してんだ」
へぇ、と久吾は、ペコリとスミスに挨拶する。
ふとハチは、通路を挟んだ少し離れた席にいる、やはり同じ顔のカラフルなシャツを着た男を見て、あ、と声をあげた。
「………ピエールだ」
え!? と久吾も驚く。フランスに住む画伯を発見し、彼とぬいぐるみ達を会わせる訳にいかないな、と思った。
―――照明が静かに落ちていく。スマホ等、電子機器の電源を切るよう、アナウンスが流れた。録画は禁止だ。
壇上にアーサーが現れ、日本語で、
「皆様、ようこそ。…我々の事情をある程度ご理解下さっている方ばかりだと思います。まずは、感謝を」
拍手が起こる。日本語の分からない者達に、そばにいる久吾の仲間達が通訳する。アーサーは続けて、
「本日は、そんな皆様に日頃のお礼を兼ねて、このような場を設けさせて頂きました。我々自身も、とても楽しみにしています。…長い話はよしましょう。では皆様、我々の祖に深い縁を持つ子供達の舞台を、どうぞお楽しみ下さい!」
◇ ◇ ◇
「本当にスポットライトだけで良いのかい?」
舞台裏でライアンに聞かれ、みー君…、ミカエルとラファエルは頷く。
特製の衣装を着た四人の天使と、めぇ、もっちー、もつこ、テディのハイドとシークもいる。いくつかの楽器もある。ラファエルが、
「天使の能力は使わないが、魔法は使わせてもらうからな。ピアノと…、お、ドラムセットも用意してくれたな」
そう言うと、そばにいたもっちーが心配そうに、
「…オレっち達、失敗しないかな…」
ラファエルは笑って、
「実際は僕の分身が、お前達の体を借りるだけだ。万が一にも失敗はないぞ」
「………らっ君って呼ばれなきゃ、でしょ?」
ウリエルが、フフ、と笑う。
「絶対に呼ぶなよ! 特にガブリエル!」
「分かってるわよ」
ふーちゃん…、ガブリエルが困ったように笑う。
「日本じゃなけりゃ、ギャビーとかラフィなのにな」
聞きながらライアンが言う。
―――アーサーの口上が終わる。
ミカエルが皆を見て、にっこりと笑い、
「…じゃあ、行こうか。ボク達の大好きな演目…、『誕生』で良いよね?」
皆が、モチロン! と喜ぶ。
…そして、幕が上がった。