15-4 眠らせ姫
差し替え用の歌の収録を終え、ミュージカル公演を明日に控えた耀一とライアンは、公演会場に詰めていた。
アーサー・シモンズ理事長は、あの後すぐに飛行機に乗り込み、翌日には日本に到着していた。
大弥には名奈家に居てもらい、アーサーと久吾の連絡を繋いでもらう形となった。
「転移門をお使いになればよろしかったのに…」
ホテルにいるアーサーから、大弥の電話に連絡をもらった久吾が言うと、
『なるべく人間と同じようにしているんです。ライアンの家…、シモンズ家には、ずっと助けられているしね。そもそも私は、特殊変異型ではないんだ』
つまり、マルグリットのような型なのだろう。
美奈が蓼科家に助けられていたように、アーサーにも同様の事情があるらしい。
久吾は、なるほど、と思いながら、
「そうですか。…それで、天使達のステージは、どのように?」
アーサーは考えながら、
『…そうだね。公演の間に一日空いている日があるからね。そこで会場を封鎖して、極秘に行おうと思います』
「ふむ…。―――ああ、5日後、ですかね」
久吾は予定を見ながらそう言い、みー君に声をかける。
「ミカエル、練習など必要ですか?」
するとみー君は、もっちーを抱えながら、
「練習? 必要ないよ。ラファエル、どうする?」
ラファエルも、
「練習は必要ないが、楽器はどうするんだ? 能力を使わないんだから、ピアノくらい用意してあるんだろうな」
聞いてアーサーが『もちろん』と頷く。そして、
『あなた方のステージが見られるなんて、夢のようですよ。好きに演って頂いて構いませんからね』
アーサーは、心底楽しみにしているようだ。
久吾もハチに連絡を入れ、マルグリットやマイシャ、他の仲間達も一緒に天使達のステージを見ることになっている。
久吾が初めて会う仲間もいるらしい。
「…ミスターも観たいでしょうにねぇ…」
そう言って久吾がため息をつくと、ラファエルが、
「ん? ミスターも来るぞ」
え? と久吾は驚いた。久吾もハチも連絡が取れなかったからだ。
後ろからウリエルが、
「私達の衣装、イギリスのお家にあるから後で取ってくるわね」
「あ! ボク達のもそっちにあるよね!?」
みー君が言うと、ウリエルが頷いた。
…久吾は子供達の様子を見ながら、
(………意外と、私が知らない事が多いですねぇ)
そう思いながら、アーサーとの連絡を一旦切る。
大弥は、皆の様子を見ながら、うーん、と伸びをして、
「…何だかバタバタしてて、疲れたなぁ。久吾さん、ちょっとだけ仮眠して良いすか?」
久吾達は眠らずとも平気な身体だが、大弥は名奈家に詰めてからほとんど寝ていなかった。
言われて久吾は、どうぞと言いながら、
「お布団、出しますか?」
すると大弥は恐縮して、
「い、いや! そこまでは…。座布団借りますよ」
座布団を丸め、枕代わりにして、ゴロリ、と畳の上に寝転がる。転移門で家に帰ってもいいのだが、少しだけのつもりなので、このまま寝かせてもらう。
コロコロコロ………。
大きな貝殻が大弥に近寄ってきた。
「大弥にぃに、ねんね?」
もつこだ。大弥は少し驚いたが、
「おう、ねんねだぞ」
聞いてもつこは、ひょいっと大弥の腹の上に飛び乗り、
「じゃあ、もつこが子守唄、うたうよー」
そう言ってふーちゃんの真似をして、可愛らしく歌い出した。
大弥は何かを言う間もなく、一瞬で眠りに落ちた………。
◇ ◇ ◇
その様子を見ていた久吾が訝しむ。そして、ふーちゃんの方を見て、
「………ガブリエル」
ふーちゃんは、ギクッ、としながら、視線を逸らす。久吾は続けて、
「…もつこさん、女神の因子、取り込んでませんか?」
ふーちゃんは慌てて、
「だ、だって! みー君に使ってたら、かかっちゃったんだもん!」
久吾は、やれやれ、と首を振りながら、
「ミスターに相談しないといけませんねぇ」
―――その様子を見ていためぇともっちーが、ヒソヒソと、
「…どーする? オレっち達も多分、ちょこっと取り込んでっぞ」
「…ですメ。何かマズイんですメかねぇ…」
…久吾は心配事が増えた気がした。
◇ ◇ ◇
ミュージカルの公演・初日。
まあまあの客入りで評判も上々だったが、子役は歌うはずのパートを、歌に合わせて動く演技とダンスをする演出に変更していた。
より違和感なく内容に没頭出来るよう、アーサーとライアン、日本のスタッフ達と上手く擦り合わせたのだ。
SNS等で『あの歌は誰が?』と囁かれていたが、日系の米国の子役が歌っている、ということにされたらしい。
―――5日後。公演予定のないその日。
会場には数人のミュージカルスタッフの他、不思議なことに同じ顔の人間が、何人も集まっていた。
そのうちの数人は、それぞれが世話になっている家族のような人間達と一緒だ。
マルグリットも、人間の家族を連れていた。
久吾はその様子を、少し驚いて見ていた。
もつこ=ポ◯モンのプリン。