15-2 歌姫との交渉
「―――うん、だいぶ日本語、覚えてきたね」
羽亜人は今、先生をしている。
生徒はファリダ。初めは見慣れない黒髪・黒い瞳に違和感を感じながらも、真面目に様々なことを覚えようとするファリダに、羽亜人は真摯に対応していた。
「あ、ありがと、ございます…」
今までの不遜な態度と違い、何だか奥ゆかしさを感じるファリダだが、本来はこのような性格だったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
ハチはあの後久吾に連絡を入れ、久吾は羽亜人達に相談をしたのだ。
彼等はアラビア語にも対応出来る。ハチはファリダを連れながら、
「…悪いな、お前らの移植手術は問題なかったんだが…。状況も悪かったが、人間の脳の記憶ってのは、難しいもんだな」
ハチの話を聞いて蔵人は、
「人間だった頃のことも、半機械人間だったことも、全部忘れているなんて…。…だけど、かえって良かったのかも知れませんね」
一応、羽亜人がアラビア語でファリダに聞いてみる。
『言葉は覚えてるみたいだけど、他に何か心配なことはある? 食べ物とか…』
するとファリダは、
『たべもの…? なに?』
よく分かっていないようだ。
羽亜人は、ファリダを安心させるように微笑んで、
『大丈夫、心配しないで。これからよろしくね』
そう言って、蓼科家にも協力を仰ぎながら、ファリダを預かることにした。
◇ ◇ ◇
(…何だか調子狂うよなぁ)
大弥は、ファリダが家にいる状況が落ち着かなかった。
何しろ今までの態度と全く違う。
見た目は少女だが、大弥にとってはワガママな姉のような存在だったのに、すっかりしおらしくなり、か弱い妹のようになってしまったのだ。
―――そんな訳で、グロウ・エージェンシーの事務所でパソコンに向かいながらモヤモヤしていると、耀一の動きが慌ただしい。大弥は、
「? どうしたんすか? 耀一さん…」
耀一はパソコンを操作しながら、
「ん? ああ、今度のミュージカル公演、あるだろ? あれで予定していた日本人子役なんだがな…」
大弥は、ああ、と頷く。耀一は、
「アメリカの公演元の理事長がな、あの子役の歌じゃダメだって言い出したんだよ」
え!? と大弥は驚く。
「だって、もう来週ですよ!? 今から探すなんて…」
耀一も頭を抱え、
「そうなんだよ…。もう歌だけ向こうのヤツと差換えようかと、日本のスタッフとも相談したんだが…、言葉がなぁ…」
そう言われ、大弥は、あ、と思いつき、
「…歌、なんすね?」
「!? 心当たり、あるのか!?」
大弥は、ちょっと心配だったが、
「ん、多分…。頼めば協力してくれるんじゃないかな…。サイコーの歌姫が、ね」
そう言って、電話をかけてみる。
◇ ◇ ◇
『…んー、私は別に良いけど…、ななさんが何て言うか…』
大弥の電話の相手は、ふーちゃんだ。
「久吾さんか…。とりあえず、これからそっちに行ってもいいか? 俺が直接頼んでみるよ」
ふーちゃんは、はぁい、と返事をして通話を切った。
大弥は自分の荷物を持つと、
「ちょっと行ってきます。後で連絡するんで」
そう言って、一旦自宅に戻ってから転移門で名奈家に向かった。
◇ ◇ ◇
「ごめんね、ななさん、もーちょっとかかるみたい」
ふーちゃんにそう言われ、大弥は応接間にどっかりと座りながら、
「あー、マジかぁ…。悪いな、ふーちゃん」
ふーちゃんはニコニコして「大丈夫よ」と言った。
隣の部屋には、ぬいぐるみ達が集っている。…何だか青と緑のくまが増えている気がしたが、ゲームに夢中になっている様子だったし、大弥も今はそれどころではなかった。
すると、大弥のスマホに電話がかかってきた。耀一だ。「はい」と言って出ると、
『大弥、向こうのプロデューサーがな、今こっちに来てるんだ。ビデオ通話に出来るか?』
はい、と言って切り替える。
『HELLO?』
画面に相手のプロデューサー・ライアンと、耀一の姿が現れた。
『お前、今そこに期待の歌姫がいるんだろ? ちょっと画面に出せるか?』
言われて大弥は、ふーちゃんに了承を求める。頷いて貰えたので、ふーちゃんを画面に出した。
画面の向こうから二人の歓声が上がる。
『…ビジュアルは完璧だな。歌はどうだ?』
向こうから、今回子役が歌う箇所の曲が流れる。英語だが、その一節を聞いたふーちゃんが、簡単に日本語に置き換え、軽く歌ってみせた。
『………OH、…EXCELLENT!!』
『…ス、スゴイな、お前の隠し玉。こんな子がいたのか…』
耀一が言うと、大弥はすかさず、
「いや、ダメっすよ。この子は表に出す訳にいかないんだ。主と縁のある子で…」
そう聞いて、耀一も、あ、と気付く。大弥は、
「だから、歌だけなら、と思って…。それならバッチリでしょ?」
耀一も頷くが、隣でライアンが何やらまくし立てている。揉めているようだが、そんな中、
「…やれやれ、遅れてすみません、大弥さん」
久吾が帰宅した。ふいに大弥のスマホ画面が、久吾を映し出す。
それを見たらしいライアンが、まくし立てるのを止め、驚いた顔をしている。
『…!? …WHY!? CHAIRMAN!?』