15-1 集う天使達
9月ですねー。
―――その夜の名奈家。
めえ、もっちー、もつこが珍しく眠っている。
暗い部屋の中、音量を下げられた深夜のテレビが、虚しく映像を映し出していた。
「…おじいちゃん、目を覚ましたわよ」
テーブルに頬杖をついていたふーちゃんが、みー君に声をかける。
みー君はふーちゃんの向かいに座り、ぼんやりとテレビを眺めながら、
「………うん。知ってる」
呟くように、ふーちゃんの声に応じた。ふーちゃんは、そんなみー君の様子を見ながらため息をつき、
「どうする? きっと呼び出されるわよ」
みー君はふーちゃんを見ることもなく、
「…《0》はまだボク達を呼んだりしないよ。ボク達がななさんのところに行くって決まったとき、《0》が言ったこと、覚えてるでしょ?」
ふーちゃんは視線を逸らす。少し考えながら、
「…うん。『楽しんでおいで』って…。でも、おじいちゃんが起きたってことは、私達が楽しんでるかどうか知りたいんじゃない?」
「ああ、そうだね。ボク達の様子を知りたがってるかも。…あと、ボク達から見た『人間』が、どんな風に見えたのかも、知りたがってるかもね」
みー君は、クスクス笑いながらそう言った。
ふーちゃんは少し不機嫌な顔で、
「人間…、そうね。………みー君は、やっぱり人間が好きなの?」
みー君はちょっと驚いた顔でふーちゃんを見る。
「………ふーちゃんはやっぱり、今でも人間、嫌いなの?」
「だって………、小夜ちゃんが受けた仕打ち、私、忘れてないわよ」
そう言われ、今度はみー君がため息をつく。
「ボクも忘れてないよ。………けど、その小夜ちゃんだって『人間』だからね」
「………」
ふーちゃんは考える。
『小夜ちゃん』は、みー君とふーちゃんが日本で最初に出会った、初めての『友達』だ。
ふーちゃんは、彼女のことを思い出しながら、
「………分かってる。人間にも色んな人がいるわよ。良い人も、悪い人も…。だから私は、人間が気持ち悪いのよ…」
みー君はふーちゃんを見ながら、静かに微笑んで、
「ふーちゃんは繊細だなぁ。それだけ『感情』に敏感なんだ。大変だよね」
ふーちゃんはテーブルに顔を埋め、
「何よ、他人事みたいに…。みー君だって、同じでしょ」
みー君は静かに笑いながら、ふーちゃんの手を握って、
「…うん。でも、ボクは、ななさんと一緒じゃなかったら、とっくに人間に失望してた。…他にも、小夜ちゃんやみねさん、佐久間のおじさん達にも、色んなことを教わったよ」
すると、ふーちゃんも思い出しながら、
「………そうね。それに、めえちゃんがウチに来てくれて、みー君がもっちーを拾ってきて、もつこちゃんもうちの子になってくれて…」
みー君はにっこりと笑って、
「そうだよ。今のボク達を見たら、《0》はきっと喜ぶよ。………ふーちゃんは、ボク達がこの身体を持つ前のこと、まだ覚えてる?」
ふーちゃんは、はっ、として、みー君を見る。
「………みー君、まだ覚えてるのね? …私、時々忘れそうになるの…。希薄な部分がどんどん増えて…、私………」
ふーちゃんの身体が小刻みに震えている。みー君は、ふーちゃんの手をしっかりと握りながら、
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。ボクが覚えてる限り、ボク達は、ボク達でいられる。ウリエルも、ラファエルも、…ガブリエル、君も」
そう言われて、ふーちゃんの震えは止まった。みー君は少し心配そうに、
「女神の因子、まだ残ってたよね? 使う?」
ふーちゃんは首を横に振り、
「ううん、大丈夫」
みー君は頷き、ぼんやりと外を見る。
今夜は満月。月が真上に大きく見える。
◇ ◇ ◇
―――久吾も縁側で月を見ていた。聞くとはなしに、みー君とふーちゃんの話し声を聞いてしまい、考える。
(………《0》が目覚めましたか。ですが…)
《0》が目覚めたとなれば、《一桁》に通達がある。袂を分かれたとはいえ、ハチにも招集がかかるはずで、その際には「行ってくる」と連絡があるはずだ。
…が、それが無い。
先日の《6》も、あの場から動いた気配が無い。…のだが、美奈から引き継いだ久吾の千里眼では、気配はあれど姿が見えない。
気にはなるのだが、正直《6》には会いたくないので、久吾も知らぬふりをしている。
(…《0》はもしかすると、まだ目覚めたことを知られたくないのかもしれませんねぇ)
―――そう思っていた矢先、突然転移門が開いて、名奈家の静寂を破った者達がいた。
「わーい! 久しぶりだな!」
「この間ぶりだな! 元気か!? …って、こっちは夜中だったか!」
青と緑の二体のテディベアの声に、眠っていた名奈家のぬいぐるみ達が目を覚ました。テディ達に続いて、
「何だ、ぬいぐるみのクセに寝ていたのか」
「フフ、明かりつけていい?」
ラファエルとウリエルもやって来た。
みー君とふーちゃんが驚いて、
「あれぇ!? 二人とも、どーしたの!?」
久吾も慌てて家の中に入ると、ラファエルが、
「久吾、ミスターからの伝言だ。とっても大事な用事が出来たから…」
ウリエルが続けて、
「しばらく私達を、ここで預かって欲しいの!」
え!? と久吾は驚いた。