第326話:武闘大会
「はぁっっ!」
右拳による強烈な一撃が、騎士が左手に持つ丸盾を襲う。
騎士は拳を正面から受け止めることはせず、身体を捩りながらどうにか丸盾で拳を受け流す。
そのまま右手に持つ剣を向けるが、今度は拳が剣の腹を押し、再び騎士のバランスを崩す。
「「「おおっ!!」
両者一歩も引かない攻防に、観客からは大きな歓声が沸き上がる。
思ってたより、いや予想をかなり超えた盛り上がり具合に、若干引き気味だったりする。
現在、第1回クルセイル大公領武闘大会の真っ最中だ。
目的は様々。
何より、新しく領民となった『ワーロフ族』、『ランサー族』、『ライ族』、『ヤリュシャ族』の4種族。彼らを、領民にお披露目し、またお互いを知る機会を設けること。
うちの領は既に種族の坩堝と化しており、いろいろと考えることがあるのだが、何よりも領民たちには仲良くなってもらいたい。
そんなわけで企画されたのが、武闘大会。
領民たちが仲良くなる、と武闘大会、との繋がりが最初は全く分からなかったが、この光景を見ていると正解なのだと思う。案を出したカイトはさすがだ。
うちの領民は、戦いに縁のある人がかなりの割合を占めている。
人口に占める騎士の割合は高いし、既婚者の騎士も多い。騎士は圧倒的に男性の方が多いが、うちの騎士は冒険者出身者も多い。そのため、奥さんも元冒険者だったり、元ギルド職員だったりと戦いに馴染みのある者が多い。
4種族は、男女問わずある程度戦える人が多い感じ。
そんなわけで、互いのことを知るには拳を交えるのが一番、というヤンキー漫画のようなノリで開催されたのが武闘大会だ。
カイトも戦いに馴染みのある側ではあるが、カイトがこの意見を出した背景には、ヒロヤくんがいる気がする・・・
現在戦っているのは『ワーロフ族』の戦士と騎士。オプス曰く、戦士はそれなりに経験を積んだベテランらしく、オプスら若手を鍛える立場の一人らしい。対する騎士の階級は曹長。うちの騎士の中では上位者だ。
『ワーロフ族』の戦士は素手。だが、その拳は白い毛に覆われているように見える。私の『龍人化』やホムラの『身体変化』のようなスキルだろうか?
騎士と戦士の攻防は、騎士の装備していた丸盾が砕け散ったことで大きく動いた。
防御手段を失った騎士が不利に見えたところ、盾を破壊した際に勢い余ってバランスを崩した戦士の横っ腹を、騎士が蹴り上げた。そのまま、距離を取ろうとする戦士に迫り、首筋に剣を突きつけようとしたところで、剣を持ち上げる際に一瞬動きの鈍った騎士の鳩尾に、戦士の強烈な右拳が炸裂した。
吹き飛ばされた騎士は空中でどうにか姿勢を立て直し、着地することはできたが、鎧は破壊され、嘔吐いている。足下もおぼつかない様子。
それでも剣を握り直し、再び戦士に迫ろうとしたところで、
「そこまで!」
審判の声が響き渡った。
判定は引き分け。まあ、明確な勝ち負けを決めることを目的とした大会ではないし、基準も設定していない。ただ、あのまま続けていれば、騎士が敗れていたと思う。鎧、凄いことになっているし・・・
戦士の方は、蹴り飛ばされた際に脇腹を痛めた様子はあるものの、身体自体は問題なさそう。だが、彼の場合は魔力が心許なくなっていた。
握手を交わす騎士と戦士の姿を見て、この催しは正解だったと実感した。
激闘を繰り広げた2人に観客は惜しみない拍手を送っている。それぞれ待機場所に戻り、魔法薬を飲みながら同僚に称えられている様子は誇らしげだ。
その後も、騎士や各種族の戦士が順に登場し、総当たりのような形式で、種族問わず戦闘を行った。
面白かったのは、各種族戦闘スタイルに違いがあったこと。
『ワーロフ族』は、先ほどの戦士と同じように、拳でいくスタイル。ただ、人によっては、拳に魔獣の皮などで作った小手のようなものを巻いている。ガントレットというんだっけ? 拳を変化させた際に干渉しないのか気になるが、攻撃の威力を見ている限り、気にはならない感じ。
オプスも今日はガントレットを装着して戦っていた。前回はガントレットを携帯しておらず、カイトと短剣で模擬戦をしていたが、こちらが本来の戦闘スタイルなのだろう。
『ランサー族』は森の木々を使った戦いが得意らしい。普段は木から木へと華麗に飛び移りながら、魔獣を翻弄していくらしい。
とはいえ、ここは騎士団の訓練所。木など生えているはずもなく、彼らの本当の実力を発揮することはできない。
そう思っていたのだが、逆手に持った短剣を素早く振るい、騎士を翻弄していく姿は圧巻だった。
『ヤリュシャ族』はなんたってその美しい翼。
優雅に舞い上がったかと思えば、急降下から槍を突き出し、再び空中へ避難する。
空を使える優位性を最大限に生かした戦法で、これまた相手を圧倒していった。
槍だけでなく、弓を使う者もいて、空中から一方的に矢を射る戦法は反則だと思う。
戦闘面では、他の3種族より一歩劣ってしまったのが『ライ族』。
俊敏性は秀でているが、パワー不足が否めない。
とはいえ、彼らが真価を発揮するのは戦闘前だ。
その長い耳は『人間』や他の種族とは比べ物にならない集音範囲を誇り、僅かな物音、鳴き声を感知できる。
部隊の索敵担当や、施設の警護にピッタリだと騎士団の幹部は大喜びだった。
そんな『ライ族』も、森の中で狩りをして生活はしていたのだから戦闘力が全くないわけではない。まあ、どちらかというと森の幸を集めたり、農業をしたりが中心らしいが。
そんな特徴の全く異なる4種族。
そして、既にいる複数の種族。ジャームル王国からの難民も受け入れる予定だし、大所帯になったなぁー・・・。
♢ ♢ ♢
さてさて。
武闘大会は大盛況のうちに幕を閉じた。あの後、種族問わずに入り乱れて酒盛りしている姿がそこかしこで見られたので、仲良くなる最初のきっかけとしては上々だろう。
彼らはこの先、それぞれ領の仕事を割り振られることになる。
騎士団を希望した者は騎士団へ、農業を希望した者は農業を、服飾を希望したものは服飾工房へ行くことになる。
細かな調整は任せているが、基本的に希望した職に就けるようにしたい。今はまだ、領全体が一個の組織として動いている状態だからね。
子どもたちは、領内の学校へ通うことになる。学校といっても、読み書き、計算、社会常識など最低限のことを学ぶ場所だ。領主の屋敷で開催している。
この世界の平民の識字率はそこまで低いわけでもないが、高いわけでもない。親が読み書きできる場合には、子育ての一環として教える感じ。騎士はもちろん、冒険者も読み書きができる者は多いので、よそから移り住んできた子どもたちは比較的読み書きには対応できていた。
一方で4種族は、これまで森で暮らしていた種族だ。稀に、外の世界に興味を持ち、種族を隠して森から出ていく者はいるらしいが多くはない。そして、森で暮らして行くために、読み書きは必要なかった。そんなわけで、4種族は子どもたちだけでなく、大人も時間を見つけて読み書き教室に参加している。
計算は文官、商会の職員、騎士のどれになるにも必要だし、余所で買い物するときなど騙されないためには身につけておいて損はない。
そして、この世界は厳格な身分社会。貴族や社会制度について知っておくことは、自らの身を守るために有用だろう。
そんなわけで、子どもたちや一部の大人は、午前中にそれぞれ勉強を行い、午後は騎士団の訓練に参加するか、そのまま屋敷で執事やメイドの訓練を受けていることが多い。
男の子は騎士団の訓練に参加していることが多いが、性別や種族によって進路を決めるつもりはない。自らの興味、得手不得手などを考え、自分の進路を決めるように常々言い聞かせている。
♢ ♢ ♢
新たな移住者を迎えても、大きな問題が起こることなく生活できそうで何より。
もっとも、最大の懸案というか課題を解消しなければならない。
そう、スペース問題。
前の会議で4種族に話しを聞くことにしていたのだが、
「広大な開け地、ね・・・」
4種族の代表者に話を聞いたところ、揃って教えてくれたのが広大な開け地。
つまり、彼らの里があった場所よりも東側。里から少し進んだところに、森の中に突如として木の全く生えていない、広大な大地が広がっているそう。
正確な広さはともかく、かなり広いことだけは分かった。土地が隆起したり、川や湖があったりするわけでもないのに、なぜか大きく開けた土地。
そして不思議なことに、魔獣・魔物がその中へは入りたがらないそうだ。
しかも、そこで森が終わるわけではなく、円状になっているんだとか。
何かはあるのだろう。森の中に木がなく開けた場所はままあるが、話にあるような規模では見たことがない。
その場所で暮らしていくことができるのか、何か良からぬ理由がないのであれば・・・
とりあえず、行ってみる価値はありそうだ。




