第322話:圧倒的な光景
〜カイト視点〜
今回、ガッドに来たことで、僕ができたことはほとんどないと思う。
強いて言うのなら、検討を進めていたうちの商品の需要が、思ったよりもあると分かったことだろうか。
領で生産している商品の販路が拡大できれば、領の収入が増える。近いうちに数百人単位で領民が増えることを考えるとお金を稼げるのは大事なことだけれど・・・
商会を作るのって、それはそれで結構な数の人が必要にならない!?
・・・・・・帰ったらレーノ、ヤリス、キアラと一緒に考えよう。
ラムスさん、ダン殿下との交渉を終えた後、最近の出来事や学院についてなど、いろいろと教えてもらった。主に派閥やら役職を狙っての争いやらを起こしている話に、ラムスさんたちは困っているらしいが、それはまあ貴族らしいってことで纏められるレベルの話。
問題は、ダーバルド帝国軍と思われる集団が複数国内に入り、盗賊を模して各領で活動をしているとの情報。既に複数の領で、騎士団とダーバルド帝国軍の衝突が発生しているとのこと。戦闘後に敵を拘束したところ、ダーバルド帝国軍との関係は否定するらしいが、そこは、じっくり聞いてみると、次第に本当の所属を話し出したらしい。
侵入ルートは、ジャームル王国の難民に紛れて。ただ、今後はクライスの大森林を抜けて来ることも考えられる。戻ったらケール砦を中心に注意度をあげるべきかもしれない。
そんな会談を終えた後、お二人には夜の食事会に誘われたり、多くの貴族から面会の申出があったりしたが・・・、すべて断った。
コトハお姉ちゃんに加えてうちの騎士団がいて、ダーバルド帝国の軍勢に負けるとは思えないが、早いところ領に戻り、不測の事態に備えておきたい。ホムラもいるけど、コトハお姉ちゃんが指示しない限りは手を出さないと思う。
そんなわけで帰路に付いたのだが・・・
「マーカス・・・」
馬車に揺られる中、あからさますぎる追跡者を、そしてこの先で待ち構える一団を気にしないわけにもいかず、外で馬に乗るマーカスを呼び止める。
だが、マーカスの方も僕に用事がある感じ。
「カイト様もお気づきになりましたか?」
そう問われ、頷いて返す。
横にいるキアラも気づいており、先ほどから魔力を巡らせているのが分かる。
「ガッドを出る前からでしょう。最初からいました」
「そうだね。後をつけられている・・・。付いてきているのは間違いないとして、さっきの話?」
「・・・・・・可能性は高いかと。先ほどのお話では、こちらの戦闘力を確認する目的や、傷ついた騎士や兵士が拉致されたこともあるとか」
「奴隷の数が減ってきてるらしいしね。・・・・・・この先に待ち構えている連中の方へ誘導したいのかな?」
「おそらく。いかがなさいますか」
「うーん・・・。一番安全なのは、尾行してきている連中に何人か向かわせることだよね?」
「はい。数を考えると、5人送れば十分でしょう」
「ただ、ガッドとクライス砦を結ぶ道の近くにいるってのがね・・・。盗賊ならもちろん、ダーバルド帝国軍だとしたらなおのこと、放置はできないし」
「・・・カイト様の護衛としては素直には賛成できかねますが・・・」
「ヒロヤたち呼んで来るのにも時間かかるでしょ? それに、ダーバルド帝国軍とはいえ、こんな捨て身の作戦に出される部隊だから。魔人がいることはないと思う」
「・・・承知しました。ですが、ダーバルド帝国軍だからこそ、あまり情報を取られない方が良いかと。それに、ここはバイズ公爵領の領都近く。大方、別の場所で陽動が起こされたのでしょうが、じきに戻ってくるかと」
「うん。騎士中心で戦える? 騎士ゴーレムの使用は最小限に抑えたい」
「問題ございません」
「もちろん、みんなの安全優先ね」
「はっ。この馬車を中心に、円形陣を組みます。無いとは思いますが、万が一の場合は、上から退避を」
「うん。よろしく」
「御意」
マーカスも、最初から見過ごす気は無かったのだろう。僕が見過ごすことを選ぶことも。
縦に並んで走っていた馬車が横に広がり、僕たちの馬車を取り囲むように展開していく。それと同時に、各馬車の中で騎士と騎士ゴーレムが戦闘準備を整える。
馬車の周りを走る騎馬も場所を変え、戦闘の準備を進めていく。
そうして進むこと少し、肉眼でも、僕たちを待ち構える一団を捉えることができるようになった。
♢ ♢ ♢
〜マーカス視点〜
「中隊長、見えました」
一人の曹長から報告が上がる。
俺の目にも、こちらを威圧するように横に広がっているダーバルド帝国軍の姿が見えてきた。
「よし。では手はず通りに。周辺にいる連中を片付けてこい」
「「はっ」」
2つの分隊を向かわせ、俺たちの後ろに付いてきていた無礼者どもを片付けに行かせる。
カイト様との話の後、周辺を調べたところ、俺たちが敵の想定進路から外れたときに備えてか、不審な動きをする複数の集団を発見した。
今回は、1人として逃がすつもりはない。カイト様の馬車を尾行したことはもちろん、クルセイル大公領とバイズ公爵領を結ぶ重要な街道に兵を置いたこと、そもそもカーラルド王国に侵入したことを後悔させる必要がある。
互いの姿がはっきりと見える位置まで来たところで、馬車を止める。
カイト様の乗る馬車を中心に円陣を組み、カイト様の馬車を隠す。それと同時に、各馬車から騎士と騎士ゴーレムが続々と降車していく。
「中隊長。弓を持った兵と杖らしきものを持った兵が前に」
「最初は遠距離攻撃か。騎士ゴーレムで馬車の周りを囲え。馬車の防御機構を展開。最初の攻撃を受けたところで、騎馬が突撃する。騎士はそれに続け」
「はっ」
「全員に伝達を。豪華そうな装備を身につけている3人は捕らえる。残りは確実に殺せ」
「はい」
曹長がそれぞれの部下に伝達したころ、ダーバルド帝国軍の方から叫び声が聞こえてきた。
「・・・なんと言ってる?」
敵の方を注意していた騎士の一人に聞くと、
「私もすべては確認できませんでしたが、馬車をよこせと」
「なるほどな。愚かなことだが、敵だとはっきりしただけいいか」
「来ますっ!」
そう、声がしたかと思うと、敵の方から大量の矢と『火球』がこちらに向けて飛んでくるのが見えた。
「防御しろ!」
そう言いながら、俺も大きな盾を構える騎士ゴーレムの後ろに身を隠す。
鏃が馬車の魔鋼製の鉄板にぶつかる甲高い音が鳴り響き、また『火球』が着弾したことで弾けた火花が飛ぶ。
しかし、馬車を守る魔鋼製のガードには傷一つ付かず、また騎士ゴーレムが騎士に向けられたすべての攻撃を難なく防いだ。
この馬車の防御力は、領都で自ら散々試したので分かってはいたが、やはり凄まじい。これだけの攻撃を浴びれば、馬車が無事でもそれを牽く馬が怖がるはずだが、それも問題なし。スレイドホースのマーラ殿の群れの一員となり、肉体と精神がそこらの軍馬とは比べものにならないほど強化されている。
「・・・改めて、この騎士団は凄まじい」
思わず零れた本音に、周りの騎士が頷くのが分かる。
「ふぅ。よし、カイト様方は安全だ。連中は、大公家当主の弟を狙った。今度は我々の番だ。行くぞ。不届き者を誰一人として逃すな!」
俺が叫ぶと同時、馬車の陰に隠れていた20騎の騎馬がダーバルド帝国軍の方へ向けて突撃を開始した。
それに続き、騎士も突撃する。念のため、数体の騎士ゴーレムも伴い突撃する光景は、心底、後ろから見ることができて良かったと安心するものだった。
遠目に、騎士が敵兵を圧倒しているのを確認し、カイト様にもその旨ご報告する。もちろん、カイト様の乗る馬車には、1本の矢も1発の『火球』も命中していない。
それから、俺自身も敵兵の場所へと向かう。
既に大勢は決しており、切り捨てられたダーバルド帝国軍が転がっている。こちらの騎士にも負傷者はいるようだが、皆軽傷。負傷しているのは階級の低い騎士が多いのを見ると、まだまだ鍛える必要があることを実感する。
そんな戦場の中、未だに剣と剣とがぶつかり合う音が響いている場所がある。
1人のダーバルド帝国兵が、うちの騎士3人を相手に大立ち回りを演じている。もちろん、その周囲には多くの騎士や騎士ゴーレムが待機している。
「諦めろ!」
そう叫ぶ騎士が、敵兵の剣を盾で受け流す。しかし、その盾の動きで相手のバランスを崩そうとした騎士の思惑は外れ、敵兵は器用に態勢を整えると、別の騎士へと斬り掛かる。
こちらの騎士たちは、同じく若い騎士が多いが、それでも雑兵相手に不覚を取るようなことはない。そんなレベルであれば、外に出すことはない。
「中々、腕の立つものがいるみたいだな」
騎士が怪我を負いそうになれば、直ちに介入するように指示を出しつつ、俺は状況の確認に戻った。




