第316話:敬意
『魔人』を倒したことで、ダーバルド帝国軍はあっという間に瓦解した。
散り散りになって逃走を図るが、私とホムラが進路に向かって適当な魔法を放って牽制し、直ぐに騎士ゴーレムが動きを封じる。
「コトハ様。制圧完了です。味方の被害の確認と、『ワーロフ族』の戦士の捜索と手当てを行います」
「うん、お願い」
見る限り、こちらの被害はそんなに大きくなさそう。いや、騎士ゴーレムの残骸は結構転がってるんだけどさ。
正直、騎士ゴーレムが壊れるのは構わない。むしろ、騎士ゴーレムを盾にした結果、騎士が無事な状態で戦いに勝てたのならそれこそ勝利だ。
もっとも今回は、強大な敵である『魔人』が相手だった。
『魔人』との戦闘に参加していた騎士たちは、結構ダメージを受けているようにも見える。鎧などの装備を外して怪我の手当てを受けたり、魔法薬を飲んだりしている騎士が目立つ。
その奥では、降伏したダーバルド帝国の兵士が集められている。
武器を取り上げ、両手を縛って拘束している。ざっと、40人。
今回は、『ワーロフ族』の戦士を助けることや、『魔人』との戦闘があった関係で、雑魚の対処に時間をかけるわけにはいかなかった。つまり、手っ取り早く切り捨てたのが多い。
力量差は明らかとはいえ、殺すのと拘束するのでは、圧倒的に前者の方が簡単だ。
「コトハ様。確認が終わりました」
再びアーロンが報告に来る。
「うん」
「報告いたします。当方、戦死なし。重傷8名。軽傷26名」
「重傷!? 容体は?」
「ご心配には及びません。『魔人』の強力な攻撃を受け、飛ばされたり壁に激突したりした影響で、おそらく骨折等していますが、既に魔法薬を飲ませてあります」
うーん・・・
未だによく分かっていない『アマジュの実』をベースに薬草を混ぜ合わせた魔法薬。その効果が凄いのは分かるんだけど、本当に大丈夫なんだろうか・・・
骨が折れるような衝撃を全身に受けたのなら、内臓とかにもダメージがあるだろうし、頭に衝撃もいってるはず。
この世界、魔法による治療がメジャーなわけではないんだけど、お世辞にも医療水準が高いとはいえない。体調悪けりゃ寝てるか祈るか。少し裕福だったり伝手があれば、薬草を手に入れたり、原理はともかく効果があるという魔獣の素材を煎じて飲む。
人の身体の構造についてや衛生観念など、ほとんど知られていないのだ。
「分かった。しばらくは、任務から外して、本当に大丈夫か慎重にね。無理は禁物です。厳命して」
「はっ」
アーロンは、よく分かっていなさそうだけど、命令だからからか、私が真剣に伝えたからか、受け入れてくれた。
これは、少し考えるべきかもしれないな。
「コトハ様、続きのご報告をよろしいでしょうか?」
「ああ、うん。お願い」
「はっ。騎士ゴーレムは、戦闘不能の大破が10、中破15、戦闘に問題のない損傷があるのが22です」
「こっちも結構いかれたね」
「はい。我々が戦った『魔人』の攻撃は凄まじいものでした。騎士ゴーレムが正面から受けた場合には問題無いようでしたが、角度が悪かったり、十分に防御姿勢が取れていなかったりした場合には、単純に力負けを。騎士も、騎士ゴーレムへのダメージを顧みずに盾にしましたので」
「それはいいんだって。というか、それが役割だからさ。いくらでも作れる騎士ゴーレムと、あなたたち騎士を比べたら、優先度なんて考えるまでもないし」
「ありがたきお言葉です」
「とはいえ、ドランドは悔しがるだろうけど。もちろん、私も悔しいもんは悔しいし」
「ははっ。さらに強力になりそうで、楽しみですね。それはともかく、コトハ様。『ワーロフ族』の戦士ですが・・・」
「うん・・・」
今回の目的。それは、『ワーロフ族』を助けること。
幸い、というか『ワーロフ族』の戦士の必死の奮闘で、非戦闘員や怪我人は無事だった。
だが、非戦闘員らを逃し、最後まで戦った『ワーロフ族』の戦士たちは・・・
『魔人』の遺体を中心に、切り捨てたダーバルド帝国の兵士が並べられているのとは少し離れた場所。もともとは、いくつかの家屋があったようだが、その残骸すらもまばらになっている。
そんな場所に、いくつもの亡骸が横たえられている。その数は、116。
その側では、救うことのできた40人ほどの戦士がうちの騎士による治療を受けている。
亡くなった戦士は、里の戦士の半分以上になる。戦死した者と戦闘に敗れまたは捕えられた同胞を守らんと降伏した結果、処刑された者だ。
私の視線の先では、オプスがじっと一点を見つめ、立ち尽くしている。
その視線の先にあるのは、1人の勇敢に戦い、仲間のために散った戦士の姿。彼の父親だ。
戦士の話によれば、オプスの父親、デロスさんは最後の最後まで、『魔人』を相手に戦っていた。何度も何度も吹き飛ばされ、身体中がボロボロになりながらも。その結果、『魔人』1人を討ち取り、さらに2人の注意を惹き、一般兵も呼び寄せた。
オプスが非戦闘員らを逃すことができたのは、間違いなくデロスさんのおかげだ。
デロスさんは最後の最後まで抵抗し捕まった。十分な治療を受けることもできず、縛られていた。そして、おそらくは私たちが勝利する少し前に、この世を去った。
「コトハさん・・・」
私の視線に気づいたオプスが顔を上げる。
私の方を向いて、何度か言葉を発そうと踏みこみ、飲み込む。
それを数回繰り返して、
「ありがとうございました」
そう言って、深々と頭を下げた。
♢ ♢ ♢
オプスからの礼は、素直には受け取れなかった。
客観的に見れば、戦士が全員殺されるのを防ぎ、非戦闘員らを助けることに成功したといえるのかもしれない。
けれど、決してそんなふうには思えなかった。
丁寧に掘られた116の眠りの床。
戦闘後の混乱から少し経ち、亡骸の埋葬が始まった。失った戦士の家族の姿に皆が涙し、感謝や別れ、決意を告げている。
葬儀を残して去るわけにもいかなかったし、私も彼らには敬意を表したかった。
騎士や騎士ゴーレムが整列し、注目を浴びる中で告げる。
「デロス殿。仲間のために命を燃やした全ての『ワーロフ族』の戦士たちよ。私は、あなた方と直接言葉を交わすことは叶わなかった、間に合わなかった。けれど、今ここに、オプスがいて、『ワーロフ族』がいる。それだけで、あなた方のことは分かる気がします。私、コトハ・フォン・マーシャグ・クルセイルは、在らん限りの敬意をもって、あなた方の英雄的な働きと、仲間のための献身を称えます。・・・どうか、安らかに」
言い終わると同時、騎士団が左足の踵に右足の踵をぶつけ、
「礼」
アーロンの合図に合わせて、最上級の礼をした。
私の後ろではホムラも黙礼している。
何よりも亡くなった戦士たちの埋葬を優先したい、それが『ワーロフ族』の願いだった。
私もそれに共感したので、協力し、葬儀に参加させてもらった。
まさか、言葉を求められるとは思わなかったけど、驚くくらいスラスラと出てきた。言い回しは勉強の成果だが、自分の思いがそのまま言葉になった。
「コトハさん」
埋葬を終えたオプスが寄ってくる。
「本当に、ありがとうございました。最後のお言葉、コトハさんほどの戦士にあれだけ称えられたのなら、里長・・・父も、みんなも満足だと思います」
「思ったことを口にしただけだよ。・・・オプスは、その」
大丈夫?と聞きそうになったが、大丈夫なわけない。
父や尊敬していた戦士を亡くし、そんな中でも残った仲間を率いなければならない。
私の見る限り、オプスは泣くことも、悲しむこともしていない。いや、デロスさん、父親を亡くした者として、悲しむ素振りを見せてはいない。
だが明らかに、無理をしている。まだ14歳の彼は、父親を失ったのだ。自分を守ってくれる存在であり、憧れの存在。そして母親を早くに亡くした彼にとって、唯一の肉親を。
だが、
「コトハさん。『ワーロフ族』は、すでにコトハさんや皆さんに言葉にはできないほどのご恩を受けています。皆さんがいなかったら、こうして仲間を見送ることもできなかった」
「オプス・・・」
「ですが、ですが、最後にもう一つ、お願いがあります」
「お願い?」
なんだろう。
ボロボロになった里の復旧になら、手を貸すつもりだし・・・
食料とか?
「コトハさん。いえ、カーラルド王国大公、コトハ・フォン・マーシャグ・クルセイル殿下。我々『ワーロフ族』を、貴方様の保護下においてはいただけないでしょうか?」




