第301話:刑罰
ダーバルド帝国の目的がより具体的に分かり、トマリックの率いていた部隊の他にもケール砦の周りにダーバルド帝国兵がいる可能性が高まった。
そのため、急いで捜索・迎撃の準備をするように指示したが、トマリックから聞き出した情報の報告はまだ残っていた。
とはいえ、他の情報は私が聞いてもよく分からない内容が多かった。ダーバルド帝国軍の規模や主要戦力、武装、戦術・・・・・・
トマリック、本当にスッキリと口を割ったのね。
これらの軍事情報は、実際に相対することになるマーカスたちや王都にいる軍務卿のダンさんたちにとっては、貴重な情報だろう。
まあ、この情報をどうするかは任せよう。
「それでさ、トマリックや拘束したダーバルド兵、奴隷商人はどうする?」
これが問題だ。
ケール砦にある拘束施設は急ごしらえ。今後のことを考えて、まともなものを作っておこうと思うが、それもダーバルド兵を捕らえたままでは難しい。
「普通に考えれば、捕虜となった敵兵の処遇は4つです。戦争犯罪人として、処刑あるいは犯罪奴隷等の刑罰に処する。また、敵国が交渉に応じる場合、まあ、終戦後が多いですが、捕虜の交換もあり得ます。最後に、亡命を受け入れるという選択肢です」
「そうだよね・・・。まあ、交換はないか。多分、直接戦闘したのって今回が初めてだろうし」
「仰る通りかと。念のため王都に確認するべきかとは思いますが、そもそもダーバルド帝国が捕虜の交換に応じる国とは思えません。特に、トマリックの話では、あまり好かれていない、下位の兵が中心に組まれた部隊だそうですから」
「ああ・・・。まあ、捕虜の交換ってのはないか。刑罰としては、騎士団に敵対してるから、死刑も含めて可能だっけ?」
「はい。今回、こちら側に全く被害はありませんでしたが、敵対したのは事実。敵対する間もなく制圧した者もおります、というか捕虜の大半はそうですが、いずれにせよ、敵対した組織、部隊の一員ですから関係ありません」
カーラルド王国では、カーラルド王国としての刑法のようなものと、領ごとの刑法のようなものが存在する。
基本的にはカーラルド王国の法が適用されるが、領の法によって特別に犯罪となる行為が設定されることもある。例えば、特定の産業に力を入れ、保護している領では、その産業に必須な素材を盗むと、普通の盗みより重い罰則が与えられるとか。
うちの領では、まだ領独自の法は策定中だ。それまでは、カーラルド王国の法が適用されることになるが、カーラルド王国の法によれば、騎士団や軍に敵対した敵兵は、処刑から犯罪奴隷まで、ありとあらゆる刑罰の対象となる。
まあ、そもそもが、明確に定まった法などそれほど多くはないし、「国王の判断」や「領主の判断」が、法の上に位置することもある。法治国家や罪刑法定主義の考え方などなく、法は指針としての側面が強い。
要するに、どのような刑罰を科すか、それは私の判断による。
「私的には、処刑はやり過ぎだと思う。トマリックがここまで素直に何でも話してくれるのは、多分、それを避けるためだろうし、実際に有益な情報が多かった。それに、下位の兵士が情報を知らないからといって、それだけで処刑するのもって思う。ただ、犯罪奴隷とはいえ、うちの領で奴隷を使いたいとも思わない。うちには元々奴隷にされていた人もいるから、嫌なことを思い出させちゃうと思うしね」
「・・・では、このまま収監を?」
「うーん。それも難しいから困るんだよねー・・・。前に砦に泥棒が入ったときは、犯罪奴隷の需要があるか聞いてみた気がするけど、そうする?」
「それが無難でしょうなぁ。ただ、トマリックやあの時一緒にいた3人、つまりあの部隊の指揮官やその補佐の連中は、王都が欲しがるかもしれませぬ。貴重な、素直な情報源ですので」
「でも、素直な理由って、残りの部下を守るためでしょ?」
「そうだとは思うのですが、話している感じでは、全ての捕虜を守りたいようではないようでして」
「うーん。ちょっと、トマリックのとこ行こうか」
「それでさ、ぶっちゃけ、あなたは誰を守りたいの? 捕虜全員?」
面倒だから、単刀直入に聞くことにした。
現状、彼らの処遇を考える上で最優先なのは、このままトマリックたちが、素直に全ての情報を話してくれることだと思う。
もちろん、私が無闇矢鱈に処刑することに、思うところがあるのも理由だが。
「その、どういう趣旨かよく分かりませんが・・・。捕虜となっている部下たちの、助命を願っております」
「それは、全員? それとも、部下の一部? 聞いた話じゃ、部下の全員に対して、同じように思っているわけではないんでしょ?」
「それは・・・」
「よく考えて。あなたは誰を助けたいの?」
「・・・・・・従前より、部下だった者たちです」
「詳しく」
「先ほど、マーカス殿にご説明いたしましたように、今回の命令が下るのと同時に、私の率いていた部隊は解体・再編されました。複数の素行不良者が部隊に入り、優秀な部下の多くが、別の部隊へ。おそらくは、ジャームル王国との戦線に送られたと思います。彼らのことは残念でなりませんが、私としては、残った本来の部下たちだけでも、助けたいと思っております」
「そう。あの戦闘で亡くなった者もいるだろうけど、その元々の部下たちって何人いるの?」
「11人です」
「名前は分かる?」
「もちろんです」
「残りはどうなろうと、あなたの協力的な姿勢には関係無いのね?」
「はい。私の指示にも従わず、規律も守らない。多少腕が立つ程度の愚物ばかりですから」
「分かった。マーカス。トマリックから名前を聞いて、下の捕虜たちから区別しておいて」
「はっ」
「11人中、拘束していたのは7人でした。最後にトマリックと共に拘束した3人も含まれています」
「そう。そしたら、その7人とトマリックはまとめて、王都かな。協力的な姿勢を示す見返りに、寛大な処遇をするようにって伝えて。残りは、犯罪奴隷の需要があるか聞いてみようか。無かったら、そん時考えよう」
「承知しました。領都に戻ってから、伝令を?」
「うーん。時間かかるよねー・・・。『赤竜』便使うのも、呼んでこないとだし・・・。できるだけ早く片付けたいから・・・、そうか。ホムラ、伝令頼める?」
静かに後ろに控えていたホムラに問いかける。
「無論です。ですが、コトハ様のお側を離れるのは・・・」
「まあ、それは大丈夫。ホムラなら、王城に飛んでいって、アーマスさんかダンさんに、私からの連絡だって伝えれば、取り次いでもらえるでしょ。紹介もしてるからさ。頼めないかな?」
「・・・畏まりました。お任せください」
「うん。ありがとう。そういうわけだから、マーカス。ホムラに持っていってもらう手紙の準備お願いね」
「はっ」
ホムラには悪いが、できるだけ早く処理したい。
♢ ♢ ♢
トマリックから聴取した事項をまとめた手紙を持ったホムラが、王都に向けて飛び立った。おそらく、向こうでアーマスさんたちに会うのも込みで、3日もあれば帰ってくるだろう。
私は一足先に、領都に戻った。
捕虜に科す刑罰の方針が決まったことで、ケール砦ですべき仕事は終了。私の主な仕事は「決めること」であり、それが済んだら彼らの仕事になる。とすると、次の私の仕事としては、騎士ゴーレム作りになる。
マーカスとアーロンからも、急いで騎士ゴーレムの数を増やしてほしいと頼まれていたし、ドランドと一緒に久しぶりに量産体制に入ろうと思う。・・・ただ、ドランドは新しいものや特注の一品を作るのが好きで、同じものを複数作るのはあんまり好きではないらしい。いや、私も。
とはいえ、必要なものであれば作るしかない。
領都に着くと、インディゴとポーラが訓練場で魔法の練習をしていた。
最初は私にべったりだったインディゴも、何人かの心を許した相手と一緒であれば問題なくなっている。
その筆頭がポーラだ。ポーラはポーラで、自分の弟的ポジション、というかほとんど弟扱いのインディゴをかなり可愛がっている。最初にポーラがインディゴに魔法を教えているのを見たときは、感動して涙が出そうになった。
ちなみに、王都で保護したメイジュは、既にメイドの見習いとしての特訓を受けている。そんなメイジュを鍛えているのは、レーベル、フェイ、レビンの3人だ。3人は、専ら執事、メイドとして働いている。というか、それ以外の仕事、特に領の運営に関する仕事にはあえて関わろうとしない。どうやら彼らの種族の掟があるらしい。突飛なことは教えられないらしいが、基本的な体術や魔法については教えられるそうで、インディゴに最初に魔法を教えていたのはレーベルだった。今は、3人で屋敷の仕事をしつつ、メイジュやフラメア、そして領に移住してきた子どもたちの何人かを将来の屋敷勤め候補として鍛えている。




